ゆっきぃ先生と考える「でも“本当は”好き」 【子どものすることには“ワケ”がある 第2話】

子どものすることには“ワケ”がある

足立区を拠点とする子どもの理科実験・ワークショップの教室「わんだーラボラトリー」を主催する和田由紀子さん(ゆっきぃ先生)は、足立区の学校支援員として様々な子どもたちを支援しています。

そんな“ゆっきぃ先生”が、個性あふれるユニークな子どもたちの物語を綴るのが、「子どものすることには“ワケ”がある」です。第2話は、ゆっきぃ先生と考える「でも本当は好き」をお届けします。

「わんだーラボラトリー」主催で、学校支援員の和田由紀子さん(ゆっきぃ先生)

子どもの言葉の“裏側”にある感情

こんにちは、あるいは、はじめまして。「わんだーラボラトリー」主催の和田由紀子です。

子どもたちは、しょっちゅう「めんどくさい」と言います。
朝登校してきて「ランドセルを片付けるのがめんどくさい」
1時間目は「算数、やだ!計算、めんどくさい」
2時間目も「体育、着替えるのがめんどくさい」
給食では「食べたくない、めんどくさい」
休み時間すら「外に行くのがめんどくさい」
下校するのに「帰るのがめんどくさい」
とにかく、1日中めんどくさいらしいのです。

ゆっきぃ先生

それ以外にも、「ウザい」「キモい」「死ね!」「消えろ!」…。最近だと「草」なども、子どもたちはしょっちゅう使います。言葉だけを見ると、「これぞ、日本語の乱れ!なんと嘆かわしいことか!」 と思いますが、そのたったの3文字ほどに込められた気持ちは、それはそれは多様で、豊かで、大人は全くついて行かれません。現に「草」と漢字で書いてみましたが、これは「くさ」なのか、「クサ」なのか、はたまた「www」と表現するべきものなのか、私にはすでに分かりません。ただ、子ども達が「マジで草」と言うときには、相手を(または自分や自分が含まれるグループを)小馬鹿にするようなニュアンスが込められた笑いなのだと認識しているだけです。

「めんどくさい」は、まだ少しわかるような気がしています。疲れている、苦手だ、やりたくない、気が向かない、どうしたらいいか分からない、恥ずかしい、みたいな気持ちがある時に、子どもたちは「めんどくさい」を使うようです。そして、それらは本音ではない時があるとも思って見ています。もうちょっと複雑な、例えば「本当は出来るけど、簡単にできちゃったらみんなに引かれそうだから、言ってみた」そんな気持ちが込められていることもあるように思うのです。

ゆっきぃ先生がPodcast番組に出演した時の様子
ゆっきぃ先生がPodcast番組に出演した時の様子

「ウザい」「キモい」「死ね!」も同じく、いろいろな気持ちが込められています。 心がモヤモヤしたり、イライラしたりした時に、とりあえず手っ取り早く「うっざ!死ね!」と叫ぶと一瞬スッキリする、というのはものすごくよく分かります。私も絶叫したくなることがよくありますから。

でも、「ウザい」を他の言葉で表現してみたらどうなるか、というのを考えていくのも大切かなと思っています。怖い、かもしれない。さみしい、かもしれない。それによって、その後の行動が変わってくると思うのです。子ども達は少ない語彙で、精一杯の表現をぶつけてくる。それを、気持ちに沿った言葉に変えて伝え直すのは、そばにいる大人の役目の1つかな、と私は思っています。

「でも“本当は”好き」

くるみ(仮)ちゃんは、口が悪い。「おう、来たのか、くそばばあ」 朝会うなり、そんな感じ。はじめて会った時も、「あんた、だれだよ」 との、ご挨拶であった。口の悪い子はたくさんいる。見知らぬ大人に、話しかけられると、警戒心剥き出しの猫みたいに、無意識に攻撃体制になってしまうらしく、ぎょっとするような言葉遣いで話しかけてくる。

くるみちゃんは、その典型みたいな子。
「おはよう、くるみちゃん。くそばばあ、じゃなくて、普通に、先生、って言ってよ」
「だって、ばばあ、じゃん?」
「まあね。40代は立派なばばあではあるな。けど、人は本当のことを言われると傷つくこともあるんだよ」
「そうなの?」
「うん。いつまでも若く見られたいし」
「きもっ!」
「ま、いいや。とにかく、おはよう」
「はいはい。おはよう。センセ」
そして、急にすり寄ってきて言う。
「センセ、昼休み、くるみと遊べる?」
「いいよ」
「絶対だよ。約束だよ」
「分かったよ」
キラッと目を輝かせたかと思うと、一瞬で元に戻り、「裏切るんじゃねーぞ、ばはあ!」 と、なる。とんだツンデレである。

授業中も、突然私を手招きして、きれいに書いたノートを見せつけたかと思うと、「ここにいて。くるみのそばにいて」と、言ったりする。そのくせ、担任の先生がそばを通ると、ぱっと切り替えて、「ばばあは、あっちいってろよ!」 と、言ったりする。

お友達にもその調子なので、何人かの取り巻きはいるが、たいていの子は、くるみちゃんとは関わらない。恐れているか、大嫌いか、である。攻撃するときは、とことんまでやってしまうので、まあ、そうなるのは分かる。低学年だけど、もうみんな、すでに、自分と友達との関係に線を引くことを学んでいる。女子は、本音と建て前を使い分けているし、男子は、関わると面倒くさいヤツは避ける。

くるみちゃんは、むちゃくちゃ口は悪いし、そういうコミュニケーションのあやふやさがある子なのだけど、たぶん本当は寂しがり屋さんで、真面目なのだ。だから、なんと罵られても、「やだぁ、悲しい。先生は、くるみちゃんが大好きなのにぃ」と、のらりくらりとかわすことにしている。「きも!」と、毎回言われても、「なんでくるみを好きなの?」と、聞いてくる。「だって、教室に入るといつも、私を見つけてくれるでしょ?いろんなことによく気がつくよね。あと、ノートの字が綺麗。ボール投げも上手。ハンカチをキチンと持っていて清潔だし…」と褒めちぎると、嬉しそうにする。そして、 「先生大好き!」 と、ぎゅーっと抱きついてくる。

愛着。というのは、彼女に関わる先生たちがこぞって口にする。愛着形成がされていないのではないか、という意味である。つまり、おうちの方と適切なコミュニケーションがとれていないので、気持ちが不安定だったり、攻撃的だったりするのではないか、ということ。

そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。私はそれは分からないのだけど、今でさえ、エキゾチックで、化粧映えしそうな美人である彼女を見ていると、その不安定さを利用されて、酷い目に合ってしまうのではないか、と、心配にはなる。

だから、毎回言う。
「くそばばあ、じゃないでしょ? 人は本当のことを言われると傷つくこともあるんだから、優しく言う。あと、好きな人には、ちゃんと好きって言う。嫌いって思うことがあっても、すぐに、死ね!とか言わない。分かった?私の大好きなくるみちゃん」
「きもっ!」
「きもっ!じゃなくて?」
「わかった。くるみ、本当は、先生のことスキ」
「知ってる。先生もくるみちゃんのことスキ」
毎回この調子。どこのバカップルだよ、と思う。 どうか、彼女が守られますように。 私にできることを、1つ1つ積み上げないといけない。

わんだーラボラトリー

「子どものすることには“ワケ”がある」執筆者の和田由紀子さん
「子どものすることには“ワケ”がある」執筆者の和田由紀子さん

文=和田由紀子さん
トネリライナーノーツ記事
https://tonerilinernotes.com/tag/yukki/

イラスト=堀井明日美さん