ゆっきぃ先生と考える「世界を広げる“言葉の耕し方”」 【子どものすることには“ワケ”がある 第6話】

子どものすることには“ワケ”がある

足立区を拠点とする子どもの理科実験・ワークショップの教室「わんだーラボラトリー」を主催する和田由紀子さん(ゆっきぃ先生)は、足立区の学校支援員として様々な子どもたちを支援しています。

「わんだーラボラトリー」主催で、学校支援員の和田由紀子さん(ゆっきぃ先生)
「わんだーラボラトリー」主催で、学校支援員の和田由紀子さん(ゆっきぃ先生)

そんな“ゆっきぃ先生”が、個性あふれるユニークな子どもたちの物語を綴るのが、「子どものすることには“ワケ”がある」です。第6話は、ゆっきぃ先生と考える「世界を広げる“言葉の耕し方”」をお届けします。

“推し”のいる世界と“外側”の世界

こんにちは、あるいは、はじめまして。「わんだーラボラトリー」主催の和田由紀子です。

突然ですが、あなたには「推し」がいますか?

私が「推し」という言葉を認識したのは、数年前でしょうか。小学校高学年、または、中学生の子ども達が使っているのを聞いて、なんじゃそりゃ?と思ったのがきっかけでした。調べてみると、【「推し」とは、「推す」という動詞から派生した言葉で、自分が特に気に入って応援している人や物、キャラクターのこと、人に勧めたいほど好きな対象】とのことでした。

ゆっきぃ先生
ゆっきぃ先生

子どもたちは、アイドルグループや漫画やアニメ・ゲームのキャラクターなどを「推し」として、グッズを買ったことやイベントに行ったこと(推し活)を、友達に話して盛り上がっています。

その気持ちは分かります。私も学生の頃は、好きな歌手のCDを発売日に欠かさずに買っていましたし、今の私の「推し」に当たるのは、たぶん、小説の作家さんです。私は本が好きなので、好きな作家さんは、SNSやホームページなどをフォローしています。作家さんの動向を日々チェックし、新しい作品が出るのを心待ちにしています。そして、いざ、作品を前にすれば、胸は高鳴り、「ああ幸せ!」となにもかもを放り出して没頭してしまう!これは、たぶん「推し」を前にした正しい姿だと思っているのですが、どうなのでしょう?(笑)

「わんだーラボラトリー」の様子
「わんだーラボラトリー」の様子

思春期の子どもたちが、何かに夢中になるのは本当に素敵なことです。それを、友達と共有する楽しさを味わう事こそ、青春!と思えます。少ない言葉でも気持ちが通じる、顔を見ただけで言いたいことが分かる、そんな関係を築けたら、どんなに幸せでしょうか!!

ただし、私は子ども達にそういう世界を存分に味わってほしいと思うとともに、その外側にも無限に世界が広がっていることを知ってほしいと思っています。少ない言葉では気持ちが通じない、顔を見ただけでは言いたいことが分からない、そんな世界が、いくつもいくつもあるし、少しずつその世界と関わっていくことが、彼らの人生に必要なことだと思っています。

「推し」のいる世界は素敵です。でも、共通した好きなものがある世界は、言葉も気持ちも一方通行に完結していて、広がりにくい。その世界で得たアイテムは、そのままでは外では使えないかもしれない、と私は考えています。自分たちの世界で得たアイテムを、その外側の世界でも使えるようにすること。そのカギは、やっばり「言葉」なんだろうな、と思っています。

言葉を耕す

中3のみゆさんには、「推し」がいる。いや、実際には「推したち」がいる、と言うべきで、その対象は複数系。好きなグループのメンバー全員を推すことを「箱推し」というのだと、教わった。「へー!」と思う。好きな人がいるのは分かる。でも、グループ全体を推す、とは?

その人が大好きだから、グループみんなを応援する、という「推し」の懐の深さに私は驚嘆してしまう。勉強をするときも、休み時間におしゃべりをするときも、彼女の思考は、推しと絡めてものごとを理解するようにできているらしく、推しのメンバーの名前がしょっちゅう出てくる。

ある日、受験生である彼女は、進路実現調査シート、なるものを書いていた。それは、受験のための面接対策でもあるし、自分のやりたいことや、なりたいものを言語化する練習でもある。彼女の調査シートの内容は、ざっとこんな感じ。

・長所:推しがいること
・短所:推しが好きすぎること
・中学でがんばってきたこと:部活(バレー部)
・高校でがんばりたいこと:行事(文化祭とか)
・将来なりたいと思う職業:空に関係すること

なんというか、彼女そのもので、笑ってしまった。長所に、「明るい」などと書かれるよりもずっと、彼女自身の特徴が分かるし、単に思い付きで書いたとは思えない「空」という具体的な単語。 しかし、彼女の進路実現をサポートする身としては、これはこのままにしてはいけないのである。

――みゆさんさあ、『推しがいる』っていうのは、全世代共通語じゃないんだよ」

みゆ え?マジで?

――うん。おじいちゃんに『推し』って通じる?『好きなアイドルがいます』って言ったら分かるかも知れないけど、『推し』とは、調査シートには書けないねえ

みゆ じゃ、なんて書くの?推しがいるのはいいことでしょ?好きなものがあると頑張れるよ!

――確かに。でも、それなら『好きな果物があります』って、長所?」

みゆ 食べ物はちがくない?私は、もっと、尊いものを追い求めてるの!

――いや、食べ物も尊いとは思うけど…。うーん、好きなものに夢中になれるってこと?」

みゆ それでいいよ!長所は『好きなものに夢中になれること』よし、決まった!で、短所は『好きなものに夢中になりすぎること』で、いいね!

――いや、それ、同じことを2回言ってるだけでしょ。短所は、よくないこと、マイナスなこと、を書くんだから、夢中になりすぎると何がいけないのか、何が困るのか、それを書かないといけないでしょ?

みゆ 夢中になりすぎると他のことができなくなる、とか?

――そうそう

という感じで話を続け、なんとか彼女の進路実現調査シートは、埋まっていった。

「空に関係する仕事」とは、航空会社の「キャビンアテンダント」や、空港の「グランドスタッフ」をイメージしていたようだが、話をよく聞くと「お客さんとおしゃべりできる仕事」がやってみたいと言い出して、最終的に「観光業」「接客業」という「空」とは直接は関係ない職業にたどり着いていた。国内外関係なく「おもてなし」に興味がある、とのことだった。それなら、高校で頑張りたいことは…と考え出して、「文化祭で模擬店をやってみたい」という具体的なイメージも出てきた。

言葉を耕すことは、思考を耕すことだ。私がやっているのは、彼女の言葉を、世間の言葉に変換してフィードバックしていくこと。「それってこういう意味?こういうこと?」と問いかける。そうすると、彼女が自然に、自分の中から次を引き出していく。心の中にたくさん映し出されている景色を、言葉の力を借りて、掬い上げていく作業。

言葉の力を纏った景色は、人に見せることができるようになる。分かってもらえるようになる。分かってもらえた、という経験は自信になる。それは、次の思考を生み出す原動力だ。

ちなみに、「人と話をするのが好き」というのは、立派な長所だよ?と伝えたら、ものすごくびっくりしていた。「そんなの誰でもできるじゃん!」と言う。ふふふ。君の当たり前は、世間の当たり前ではないのだ。なんなら、「人と話すのが苦手」と、短所の欄に書く人の方が多いくらいじゃないか、と私は思う。人と話すのが好きで、好きなものに夢中になれる彼女の進路は、きっと明るいに違いない。

わんだーラボラトリー

「子どものすることには“ワケ”がある」執筆者の和田由紀子さん
「子どものすることには“ワケ”がある」執筆者の和田由紀子さん

文=和田由紀子さん
トネリライナーノーツ記事
https://tonerilinernotes.com/tag/yukki/

イラスト=堀井明日美さん