「古き良きを残し、人が集う場の再生へ。―和食 板垣の物語―」近藤温思さん【ガチアダチ サミット episode.2】

ガチアダチ サミット

「トネリライナーノーツ」が毎月第3日曜に足立区千住旭町にある古民家カフェ「路地裏寺子屋rojicoya」で主催しているイベント「オオシマナイト」で実施する公開取材が、「ガチアダチ サミット」です。

足立区千住にある葬儀社「溜屋 近藤商店」代表取締役で、そのすぐそばにある和食店「和食 板垣」オーナーの近藤温思さん
足立区千住にある葬儀社「溜屋 近藤商店」代表取締役で、「和食 板垣」オーナーの近藤温思さん

「ガチアダチ サミット」のepisode.2となる今回は、足立区千住にある葬儀社「溜屋 近藤商店」代表取締役で、そのすぐそばにある「和食 板垣」オーナーの近藤温思さんに登壇していただいて、「古き良きを残し、人が集う場の再生へ。―和食 板垣の物語―」をテーマにお話を伺いました。聞き手は、トネリライナーノーツ編集長の大島俊映が務めます。
(取材日:2024年7月21日)

情趣ある「板垣邸」を購入した決意と想い

足立区千住旭町にある古民家カフェ「路地裏寺子屋rojicoya」にて
「ガチアダチ サミット」登壇者の近藤さん(右)と、聞き手の大島(左)

――近藤さんの自己紹介を簡単にお願いします。

近藤さん 「溜屋 近藤商店」という葬儀社を足立区北千住でやっております、10代目の近藤温思です。3年半ぐらい前から葬儀社の近所で「和食 板垣」のオーナーもしています。

飲食店の経営には絶対に手を出さない方がいいと言われていましたが、“とある理由”で「和食 板垣」を始めました。今は毎月1回、銀行に謝りに行く日々を過ごしています(笑)

――今日は「和食 板垣」を始めた“とある理由”を掘り下げていきたいんですけど、まずは「和食 板垣」が開店するまでの話をお聞きしたいです。

近藤さん 僕が生まれ育った実家兼会社の目の前に、昭和13年に建てられた「板垣邸」という家がありました。和風住宅の一部に洋風の応接間がついていて、歴史を感じさせるた邸宅です。そこに住んでいた方が亡くなられたので、誰かが購入しない限り建物が壊されてしまうという事態になったんですが、「絶対にあそこを壊したくない」という想いがあったので、私が「板垣邸」を購入する流れになりました。

真剣な表情の近藤さん
真剣な表情の近藤さん

近藤さん 購入を決めた後に「何をやっていけば、このとんでもない額の負債を返せるんだろう」というところで、どうせやるのであれば「人が集いやすい場」かつ「建物を活かせる」ということで、飲食店の「和食 板垣」を始めました。

――飲食店をやろうと思って「板垣邸」を買ったわけではないんですね。どういう想いから「壊したくない」という考えに至ったんですか?

近藤さん 僕が単純に「板垣邸」の建物が好きだったんです。建築物に興味があったこともあり、1度壊されてしまったら再度建てられない建造物だなと思ったのが1つ。

2つ目は、ずっと地元で商売をやってきたこともあって、自分の住んでいる町は“おもしろい町”でありたいという想いですね。「板垣邸」がなくなってしまうと、街としてのおもしろみが少し減ってしまうと感じました。僕が購入する前に、別の方が買って8階建ての自社ビルを建てるという話も出ていたんですが、それもどうかなと思って。

「板垣邸」の購入についてお伺いしました
「板垣邸」の購入したときの心境を伺いしました

近藤さん それと、本業となる葬儀社を経営する中で、葬儀がどんどん縮小してるのを目の当たりにしているんですよね。それはイコール、人の繋がりがなくなっているということで。「人の繋がりがないから、葬儀は小さくていいよね、家族葬でいいよね」となることに対して、どうしたらいいかと商売的にも考えていると、やっぱり「町のコミュニティをもう少し復活させないといけないな」という風に漠然と思っていたんです。なので、街のコミュニティを広げる良い機会にもなると思ったことが、「板垣邸」の購入に至った3つ目の理由です。

――ぶっちゃけ、めちゃくちゃ値段が高いと思うんですが、それでも購入した当時の心境ってどんな感じだったんですか?

近藤さん 僕は「やらずに後悔するより、やって後悔する方がいい」と思う性分なので、高額でしたが購入することにしました。男気があるようなことを言いましたが、「溜屋 近藤商店」を巻き込みたくなかったので別会社として始めて、ある親戚には「僕が失敗したら、僕の嫁さんと子どもたちの面倒を見ていただきたい」っていうのを挨拶に行きましたね。

――笑えない話じゃないですか(笑)

近藤さん そうですね(笑)いろんな人に「やめた方がいいんじゃないの」と言われましたが、母親や嫁さんからは「言ったってどうせ聞かないんだから」と言われていたので、良い環境だなって思います。

「板垣邸」から「和食 板垣」へ

“やらずに後悔するよりやって後悔する方がいい” 男気溢れる近藤さん
男気溢れる近藤さん

――購入後から開店までは、どういう流れだったんですか?飲食店をやることは早めの段階で決めていたんですか?

近藤さん 和食のお店をやるかどうかは決めてなかったですが、飲食店の方が利益的には見えやすいかなというところもあり、比較的早い段階で飲食店にすることは決めていました。そのあと、付き合いのあった建築会社「Buttondesign(ボタンデザイン)」建築士の村上くんに、どういう形でプランニングができるかを相談して、工事まで至りました。

ただ、工事を始める時にコロナ禍が来たので、村上くんからは「やめましょう。今回はもうなかったことにした方がいいと思いますよ」という話をされました。新型コロナウィルスが流行りだして恐怖の中でみなさんも過ごしていて、飲食店に人が集う感じが全く見えなかったので、村上くんも本当に心配して止めてくれていたんですけど、何日か考えさせてもらってやっぱり飲食店をやることにしました。

「Buttondesign(ボタンデザイン)」建築士の村上さん
「Buttondesign(ボタンデザイン)」建築士の村上さん

――建築家の方に内装などの希望のコンセプトを伝えていくと思うんですけど、ご自身が「こういうことをやりたい」っていう最も強いオーダーはどういう部分をお伝えしたんですか?

近藤さん 僕の方から大きいオーダーはあまりなくて、細部をちょっとオーダーしたくらいですね。黙っていても、格好よくて洗練されたものはできるだろうなと思っていたので。お金がなかったので、どうすれば安く抑えられるかというところが1番大きなオーダーだったかもしれないです。

――期待通りのお仕事をしてくださった感じですか?

近藤さん そうですね。本当に“村上先生”のおかげだと思います。当初は、伝統工法に強い工務店さんに頼んだんですが、見積もりが全く合わなかったためにお断りをして、最終的には工務店を挟まない分離発注をすることになったんです。おそらく、現場のみなさんが1番やりたくないであろう(笑)

村上さんのおかげで「和食 板垣」が完成したと話す近藤さん
村上さんのおかげで「和食 板垣」が完成したと話す近藤さん

近藤さん 村上くんが現場監督を務めてくれて、僕の友だちや知り合いの職人さん達と工事を進めることになりました。僕の友だちなので、やんちゃでいい加減な人もいるし、そうしたことによって歪みがめちゃくちゃ生まれてしまうんですよね。それでも、村上くんが予定とは全然違うところに設置されてる水道を夜中に携帯の電気で照らしながらホラーのように工事をしてくれたこともあり、なんとか完成に至りました(笑)

――よく完成しましたね(笑)内装ができる直前ぐらいに、和食のお店をやろうと決めたんですか?

近藤さん そうですね。設計・建築してる段階で、ある程度ちゃんとした美味しいものが出るようなお店にしたいとは思っていました。僕は赤提灯が大好きなので、何回転もする赤提灯のお店にしたいという想いが本当はあったんですよね。けれど、コロナ渦だったり、駅から10分ぐらいかかる場所だったりして、僕のやりたいことをそこで全部やるのは難しそうなので、少し価格帯が上がってしまうけど、1回転で収益性のある和食店をすることにしました。

「ガチアダチ サミット」の司会を務めたのは、足立区江北にある印刷会社「安心堂」代表の丸山有子さん
「ガチアダチ サミット」の司会を務めたのは、足立区江北にある印刷会社「安心堂」代表の丸山有子さん

近藤さん そうなると、やっぱり料理が美味しくないといけないので、フレンチのめちゃくちゃ有名な人など、いろんな可能性を鑑みて声をかけたりしていました。結局、コロナ渦だったから料理人の方が余っているくらいにいて、求人を出すと約70人の応募が来たので、その中から10人くらいの方にレンタルキッチンスタジオで実技の試験をやったんです。

――今の料理長ともその時のご縁ですか?

近藤さん そうですね。料理長も求人広告を見て来てくれたんですけど、なかなか変な人なんです。実技の試験で、食材を築地に行って仕入れてきましたと言う人達がいる中で「来る途中にスーパーに行って買ってきました」って言ったり、みんなは結構ガチガチなのに1人だけ鼻歌を歌いながら料理を作っていたり。だけど、味はめちゃくちゃ美味い、みたいな。

――近藤さんと合いそうですね。僕も「和食 板垣」に何度かお邪魔していて、めっちゃ美味しいなっていつも思っていました。

地域の課題と北千住を“おもしろい町”へと導くプロジェクト

コミュニティの話に切り込む大島
コミュニティの話に切り込む大島

――コミュニティの話も聞いていきたいと思います。近藤さんは生まれも育ちも北千住ですが、今の「和食 板垣」がある通りや北千住の町のことについて、どう思ってらっしゃいますか?

近藤さん 繋がりもあって、最近商店街の会長になったんですけど、商店街の高齢化でシャッター街になってるところが半分ぐらいあるので、人がいないんですよね。あと、昔は葬儀は町で出すものだったので、受付や手伝いをしていただく方が町会の方だったんですが、そういう方たちもほとんどいなくなってしまいました。ブラックジョークみたいになってしまったら申し訳ないんですけど、ちょっと前まで町会のお手伝いで受付に来てくれた人が、次の月には祭壇の棺の中にいるみたいなこともありました。

そういう事もあり、どうすれば若い人たちがまた街に関わってくれて、商店街が復活していくのかということは商売上だけでなく、住んでる町でもあるので、常に考えていましたね。

足立区千住旭町にある古民家カフェ「路地裏寺子屋rojicoya」にて

――「和食 板垣」を活用したコミュニティの活性化というのは考えていますか?

近藤さん 「和食 板垣」の隣に「TSUJI-辻-」というかき氷屋もあるんですが、かき氷屋は冬が暇なので、餅つき大会などのイベントを恒例でできないかなと町会の方と話しています。また、「和食 板垣」の庭を挟んだ裏側に「BA-場-」というBarがあって、場所の“場”と“Bar”をかけてるんですけど、夜はBarをやって、昼間はコミュニティスペースとして活用していきたいなと考えています。

ただ正直、まだ銀行に謝っていることが多くて、コミュニティの繋がりの部分がまだあまりできてないのが反省点です(笑)

――今日も来ている「ゼンガクジ フリー コーヒー」バリスタで私の嫁のMutsumiさんが、「BA-場-」でフリーコーヒーをやりたいと言っているんので、ぜひお願いします。

「ゼンガクジ フリー コーヒースタンド」オーナーバリスタMutsumiさん
「ゼンガクジ フリー コーヒースタンド」オーナーバリスタMutsumiさん

――今後、「和食 板垣」や近藤さんご自身、この町全体の話でもいいので、どういうビジョンを描いているか、どういう町にしていきたいかなどを最後に教えてください。

近藤さん 一貫して言えるのは、“おもしろい町”にしたいということです。町に携わる人を本質的には求めたいんですが、「町に携われ」と他人から言われても携わらないと思うんです。僕もそうなんですが、無理やりではなくて、自身がおもしろいから続けられているんですよね。

例えば、お御輿の会を同級生とやっているんですけど、「お御輿に興味があります」と言われると、神輿をメインに支えている棒の先頭の部分「花棒」を担いでもらうんですよね。それを何回かやってもらうと、今度は次第に運営側に回っていくんですよ。

“おもしろい町”の話は熱を帯びていきました
“おもしろい町”の話は熱を帯びていきました

近藤さん “おもしろい町”というのはどういうことなのかを、細分化して考えています。具体的に言うと、「和食 板垣」で人が集まる仕掛けを作っていくことの他に、商店街から「和食 板垣」を抜けて奥側にある「荒川」を有効活用しようという「荒川縁側プロジェクト」を立ち上げていて、大島さんにも関わっていただいていますよね。

北千住駅は世界で6番目に乗降客数が多い駅だそうなんですが、それってすごいことですよね。でも、乗降客数は多いのに、町には降りていかないんですよね。なんでだろうと考えると、やっぱり町に何にもないんですよね。

例えば、吉祥寺だったら「井の頭公園」があって人の流れができたりとか、錦糸町だと「錦糸公園」があって何かしらのイベントをやったりしていますよね。その中で北千住って何もないなと感じていて。だからと言って、美術館などの箱を作るには何十億円もかかる話になってしまうので、1番取り掛かりやすい「荒川」で小さくてもいいから毎週イベントをやってみて、「荒川に行けば何かやっている」と思ってもらえれば北千住駅からの動線ができるのかなと考えています。

公開取材「ガチアダチ サミット」に参加してくださったみなさん
公開取材「ガチアダチ サミット」に参加してくださったみなさん

近藤さん もう1つ、「荒川縁側プロジェクト」をさらに細分化して「ハシノシタPROJECT」というのもやっています。橋の下をもっと活かしましょうというプロジェクトなんですが、「荒川」の橋の下は足立区や国交省など、行政のいろんなところが絡んでいるので、なかなか進まないところがあるんですけど、その辺りも今後やっていきたいなと思っています。

――いいですね。おもしろいを重ねていくことが大事、という想いなんですかね。

近藤さん そうですね。まずはおもしろいと感じるところからだと思います。愛着がないと行動しないのかなと思いますしね。「この町はおもしろくていいね!」って思ってもらうところから始めていきたいですね。

――おもしろいの関わりシロがあるといいですよね。そうするとみんなが関わっていって、運営側も言われてやるんじゃなくてオーナーシップを持ってやる流れになるんですよね。素晴らしいお話を今日はありがとうございました。

和食 板垣
住所
足立区千住5丁目6-7
ホームページ
https://washoku-itagaki.com/

「ガチアダチ サミット」登壇者の近藤敦さん(右)と、聞き手の大島俊映(左)
「ガチアダチ サミット」登壇者の近藤温思さん(右)と、聞き手の大島俊映(左)

登壇者=近藤温思さん

聞き手=大島俊映(トネリライナーノーツ編集長)
トネリライナーノーツ記事
https://tonerilinernotes.com/tag/oshima/

編集補佐=しまいしほみ(トネリライナーノーツ 編集者)
トネリライナーノーツ記事
https://tonerilinernotes.com/tag/shimai/

撮影=山本陸(トネリライナーノーツ カメラマン)
トネリライナーノーツ記事
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