日暮里舎人ライナー「日暮里駅」より 徒歩4分の「手打ちうどん あかう」をご紹介します。この連載は、「トネリライナーノーツ」サポーターズのメンバーが、日暮里舎人ライナー地域を中心とした足立区・荒川区の飲食店の中で、個人的にオススメのお店を紹介する「グルメライナーノーツ」です。
vol.1となる今回は、トネリライナーノーツ編集長の大島俊映が紹介者をつとめます。
「おうちうどん」のやさしさ
家のうどんほど、やさしい食べ物があるだろうか。私は物心ついた頃からそう思っている。
幼少期の私は、小食で偏食で、食べるという行為自体を軽く見ていた。緑色の野菜は除けたし、きのこは視界に入れなかったし、魚は表面だけを食べた。言うまでもなく、骨を処理するのが煩わしかったからだ。
万事がこんな調子だったからか、昔は身体が弱かった。よく風邪を引いたし、手術のために入院したこともある。
そんな私が体調を崩すと、食卓に出てくるのは必ずと言っていいほど、うどんだった。
柔らかく茹でたられたうどんと、熱々のつゆ。具材はその日によって違ったけれど、玉子がとじてあったらアタリと言っていい。薄い黄色に覆われた丼を見た時は、好きな女子に話しかけられた時のようなささやか高揚感が得られた。
うどんはおそらく冷凍だったように思う。ただ、風邪で弱っている私にとっては、滋味。食べ進めると、お腹のあたりがぼわんと温かくなっていく。風邪のせいで気弱になっていた心持ちも少しずつほぐれていく。あぁ、胃袋と心は繋がっているのだな、と子どもながらに分かった。
ハレの日のうどん。そして、あかう
大人になって、茄子も舞茸も食べられるようになった。秋刀魚の腹わたも。なによりも、食べることの楽しみを知って、食べたいものを自覚的に選ぶようになった。大人になって、と書いたが、私は食の楽しみを知って、大人になったのかもしれない。
すでに大人になっていた、今から八年ほど前のことを記そうと思う。
当時住んでいた根津には、今も続く有名なうどん屋があった。ハレの日のうどん、というものがあることを、私はそこで知った。自分がしゃきっとできている時に食べる、うどん。端正で格好良い、冨永愛のような。文句なしに美味いけれど、静かな佇まいのそのお店に足が向く回数は、多くはなかった。(そこの向かいにある中華料理屋にはよく通った)ちなみに、そのうどん屋のメニューには、玉子とじうどんが、ない。
あかうと出会ったのは、そんな頃だ。
お店は日暮里と西日暮里を繋ぐ尾久橋通り沿いにあって、街中にある居酒屋なんかと雰囲気は似ている。一つだけ居酒屋と違うのは、うどんを打つ場所がガラス張りになっていて、外からも見えることぐらい。暖簾をくぐれば、小上がりの座敷やテーブル席、高い椅子のカウンターが入口から一瞬で見渡せて、もし混んでいればすぐに分かる。
初めて行った時になにを食べたのかは忘れてしまったが、うどんのメニューを開くと、見開きいっぱいにうどんの名前が並んでいて嬉しかったのだけは覚えている。
あかうの玉子とじ
あかうに八年近く通ってきて、最も食べたメニューは「天ぷら釜揚げうどん」だし、「ごまだれ」や「味噌煮込みうどん」もおすすめ。けれど、ここではやはり、「玉子とじ」について書きたい。
そもそも、玉子とじというのは、料理を作る人の腕が試される料理だと思う。玉子への火の通し方が甘いと、溶いた玉子の液体がつゆに混じってしまう。そうかと言って、玉子に火を通しすぎると、玉子が固くなってしまう。最適な火入れをしないと、青空に浮かぶ雲のようなフォルムの玉子とじにはならないのだ。
あかうの玉子とじは、美しい。控え目にのっている他の具材はあくまで脇役で、丼を覆っている檸檬色の雲が主役であることに、疑いの余地はない。
蛇足ながら、味のことも。
芯が強い。あかうのうどんを一言で表すならば、そうなる。全てのメニューに共通しているが、小麦粉の甘みとそれを引き出す塩っけ、そして、手打ち特有の噛み応えを楽しめる。
とじた玉子は、そんなうどんとのコントラストを描いている。見た目の通り、ほわほわの食感。素材が元来持っている穏やかな甘みがある。
二つの異なる甘みを繋げるのが、出汁のきいたつゆだ。口に含むと、その澄んだ旨みが口の中の隅々まで広がる。このつゆがなかったら、うどんと玉子が結婚することはできなかったはずだ、きっと。
家で出されるうどんとは、違う。もちろん、家のうどんだって好きだから、種類が違うのだ。やさしさの。おうちうどんにあるのが、包むようなやさしさだとするならば、あかうのそれは、そっと背中を押すやさしさだろうか。どんな時に食べても、食べる前よりも少しだけ前向きになれている気がする。
どちらにせよ、最後の一口まで心で味わえるのが、うどんのやさしさだと思う。
手打ちうどん あかう
住所
東京都荒川区西日暮里2-39-6
電話
03-3807-2591
文・撮影=大島俊映(トネリライナーノーツ 編集長)
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