OUCHIとチョコレート 石坂康彦さん「地域・医療・福祉の“かたり場”」vol.1

地域・医療・福祉の“かたり場”

足立区西新井にある精神障害を持つ人たちが地域に戻るためのサポートをする施設「OUCHI」を運営する「平成医療福祉グループ」介護福祉事業部 サービス企画課で働く水戸抄知さんが、地域・医療・福祉の現場で出会う人を取材するのが「地域・医療・福祉の“かたり場”」です。

vol.1 は、「OUCHI」のサービス管理責任者で、作業療法士でもある石坂康彦さんをインタビュー。渋谷の商業施設「MIYASHITA PARK」内のキュレーション型店舗「EQUALAND(イコーランド)SHIBUYA」でも販売中の「OUCHIチョコレート」について、石坂さんにお話を伺いました。

※この記事は、2020年11月20日にnoteでアップされた『地域・医療・福祉の“かたり場”vol.1 OUCHIとチョコレート』を、トネリライナーノーツ編集部が再編集・一部の写真を撮影(2022年1月)しました。

「OUCHI」サービス管理責任者の石坂康彦さん(右)と、「OUCHI」を運営する「平成医療福祉グループ」介護福祉事業部 サービス企画課の水戸抄知さん(左)
「OUCHI」サービス管理責任者の石坂康彦さん(右)と、「OUCHI」を運営する「平成医療福祉グループ」介護福祉事業部 サービス企画課の水戸抄知さん(左)

初めまして。足立区西新井にある「OUCHI」を運営している「平成医療福祉グループ」の水戸抄知と申します。

「地域・医療・福祉の“かたり場”」は、私が関わっている地域・医療・福祉の現場で出会うソーシャルインクルーシブなヒトにインタビューする連載企画です。ソーシャルイングルーシブを日本語にすると、「包み込むような」とか「包括的な」という表現になりますが、それを体現している方のお話を聞き「学びを広げたい!共感したい!感動したい!」そんな思いで書いていきます。

OUCHIのはじまり

――石坂さん、よろしくお願いします。チョコの話をする前に、まずは「OUCHI」のはじまりについて少しお話を聞かせてください。

石坂さん これまで精神障害を抱える方を取り巻く状況は、5年10年の長期入院が当たり前の世界でした。このような長期入院を減らすのを目指すのと同時に、彼らが病院を出てから地域で暮らすための“出口がない”という課題を解決する必要もあります。そのため、「平成医療福祉グループ」としては、その出口となるグループホームの開設に力を入れています。そんな中で、「いつでも、誰でも、帰れる場所。」を理念にオープンした、グループホームと就労継続支援B型事業所(以下、就B)を併設した場が「OUCHI」です。

「OUCHI」の入口
「OUCHI」の入口

――「OUCHI」設立には、そんな背景があったんですね。「OUCHI」の就Bを利用する当事者の方々は、ここでどんなことにチャレンジできますか?

石坂さん 「OUCHI」は2019年4月のオープン当初から、キッチンでのパン・焼き菓子・チョコレートの製造から販売に関わるあらゆる行程、そしてカフェでの調理や接客を就労訓練の柱にしています。利用者さん1人1人の特性や状態に合わせて、その日やりたいことを選んで取組んでもらっています。

OUCHIチョコレート

――なるほど、1つの施設の中で仕事の選択肢が沢山あるんですね。今回は、その中でも特にチョコレート作りについてお伺いしたいと思います。「OUCHIチョコレート」は施設を飛び出して、渋谷にオープンした「MIYASHITA PARK」でも販売していますよね。店頭に並べて頂いている商品は、チョコに限らず焼き菓子なども含め好評だと伺っています。

石坂さん 嬉しいですね。みんなが作ったチョコレートが渋谷で販売されているということも、「OUCHI」を知らない方々が、福祉や精神障害に触れるきっかけになっているということも。

「OUCHIチョコレート」は4種類で、限定のフレーバーが発売になることも
「OUCHIチョコレート」は4種類で、限定のフレーバーが発売になることも

――そんな「OUCHIチョコレート」ですが、世の中の一般的な福祉の作業所では、パンや焼き菓子を作っているパターンが多く見受けられますが、そこにあえてチョコレートを加えているのには何か理由がありますか?

石坂さん 「チョコレートは売れる!みんなが好き!」という事ももちろんあったのですが、カカオ豆がつくり出す様々な効果に期待をして導入しました。チョコレートを製造する過程で、多くの作業行程がある事、集中して作業を行う中で病的体験から離れるためのいい意味で没我性を得られる事、カカオ豆に触る事、香りを感じる事、作業工程の中で変化する姿を見て取る事などが五感を刺激し、利用者さんにとってリラクゼーション効果も得られるのではないかという想いでスタートしたんです。

就Bでのチョコレートづくり、“精神障害を持つ当事者ならではの課題”

――確かに、チョコレートの香りには癒しの力を感じますよね。1年やってみて、利用者さんにはどのような影響がありましたか?

石坂さん チョコの作業が利用者さんに与える恩恵を、あれこれ想定していましたが、実際にやってみると、利用者さんの障害の性質上、理にかなわない、それこそ精神障害を持つ当事者ならではの課題がリアルにありました。

――課題ですか。具体的にはどのようなことが課題なのでしょう?

石坂さん 「OUCHIチョコレート」は、Bean to Barという製法を採用しています。Beanはカカオ豆、Barはチョコレートバー(板チョコ)のことで、Bean to Barとは、カカオ豆を仕入れて焙煎・粉砕するところから、板チョコレートになるまでの全ての製造工程を、1つの工房でおこなうことを意味します。そうやって、手間暇かけて出来上がったチョコレートはOUCHIで販売している商品の中でも、価格が少し高めになってしまうんです。

Bean to Barという製法で作られる「OUCHIチョコレート」
Bean to Barという製法で作られる「OUCHIチョコレート」

――その価格設定がハードルになっているということですか?福祉の現場で作ったものでも、いいものであるならばその価値に対して、適正な価格設定をして販売するという視点は、とても大切なことだと思いますが。

石坂さん 品質とか価値とかいう視点でなく、「チョコは高い」というそのこと自体が、利用者さんにとってプレッシャーになってしまうようなんです。

――「私がつくったものが、こんなに高いのは申し訳ない…」という感じですか?

石坂さん さらに、値段が高いがゆえに、失敗するのを恐れさせてしまっている所もあります。チョコレートは、製造過程で形状などにミスがあっても、溶かしてしまえばやり直しがききます。その点が利用者さんとマッチすると思っていましたが、必ずしもそうではありませんでした。例えば、利用者さんは僕の失敗を見た時に「なんだ、石坂さんも失敗しているから、そりゃ私だって失敗するよね!大丈夫!やり直せばいい!」という思考にはならない。やり直しがきこうときくまいと、自分の失敗は失敗。「いくらでも失敗できるから、大丈夫!」は、精神障害を抱えた彼らにとって安心・安全を担保するセイフティネットにはなっていませんでした。ですから、必然的にチョコレート作業を積極的にやる方は多くはありません。

利用者でチョコレート製造をする人は少ない
「OUCHI」の利用者でチョコレート製造をする人は少ないとのこと

――なるほど、それは盲点でした。製法を工夫して付加価値をつけて、適正価格で販売し、少しでも工賃向上につながるようにという視点で取組んでいても、それが本質的に利用者さんの為になっていないならば意味がないですよね。仮に、その価値を理解してくれる個人の方や企業があって、沢山発注が来ても、今の状況では実際に作業をする利用者さんはごく少数。そうなると、施設のスタッフが手を動かしてチョコレートを製造することになる。「OUCHIチョコレート」の最大の価値は、製法や品質の高さではなく、障害をもった方々が手間暇かけて作るというその過程にありますからね。

石坂さん そうなんです。なので、チョコレートの製造現場では、「失敗させないような工夫」と「失敗後の振り返り・リカバリー」を大切にするようにサポートしています。昔から福祉の作業所が焼き菓子を製造するパターンが多いのは、失敗のリスクがより少ないからかもしれません。いずれにしても、他の障害をお持ちの方はともかく、精神障害の方に限って言えば、チョコレートより断然焼き菓子が安全・安心であると思います。

――そうであれば、板チョコでなければいいのかもしれませんね。例えば、ドライフルーツやナッツを混ぜることで、チョコの表面の凹凸は必然となりますから、平らに・滑らかにという板チョコならではのクオリティを担保する必要がなくなります。

柔らかい日差しが入り、パンやお菓子の焼けた良い香りが漂う「OUCHI」の厨房
柔らかい日差しが入り、パンやお菓子の焼けた良い香りが漂う「OUCHI」の厨房

石坂さん そういう新しい視点で「変える」というのもありかもしれませんね。でも、個人的には板チョコはその作業の流れも含め、利用者さんにとっての選択肢の一つとしてちゃんと残しておきたいと思っているんです。失敗はするけど、綺麗に出来たときの達成感はほかでは味わえない喜びになります。誰にでもできる達成感とは違い、大きな自信になります。頼りにされたり、任されたりすると、さらに自信になる。プレッシャーに打ち勝つ自信こそが、彼らが1番得られてこなかったものだと思うんです。チョコの作業で関わった利用者さんの姿を通じて、彼らが抱く、我々の想像を超えた“不安感”や“他者に目が向かない、他者の目が気になる”といった精神疾患特有の大きな症状に、あらためて気付く事が出来ました。そして、それが、睡眠バランスを崩したり、症状を悪化させたりする引き金になってしまった事も経験しました。より広い能力を身につけることを目的に、職業訓練という視点に立って判断すれば、チョコレートよりも焼き菓子やパンの方がいいかもしれません。でも、選択肢は多い方がいい。利用者さんにとってリスクを感じられがちであることが分かったものの、チョコレートは残したい。携わる利用者さんが少なくてチョコレートそのものの生産性を上げるのが難しくても、いつか「チョコレート製造がやりたい!」と思ってくれる方、向いている方が現れた時のために残しておきたいんです。

撮影は「OUCHI」にて。石坂さんと利用者の方、その手には「OUCHIチョコレート」(2022年1月)
石坂さんと利用者の方、その手には「OUCHIチョコレート」

OUCHI=「いつでも、誰でも、帰れる場所。」

――石坂さんのお話を聞くまで、チョコレートの作業に対して当事者の方が感じているリスクを慮る視点を、私は持ち合わせていませんでした。全く考えてもいなかった。これはもう、利用者さんに寄り添ってきたからこその視点ですよね。「OUCHIチョコレート」は、効率性・生産性重視ではないし、それ故に工賃の向上を最大の目的とはしていません。だからこそ、利用者さんお一人お一人の在り方を大切にできる。利益追従型の資本主義的価値観と一線を画すことで、利用者さんがここで過ごす時間を大切にしてあげられているんですね。

石坂さん これまで、病院やデイケアという治療の場での作業療法(治療のためのアクティビティ=レクリエーションや塗り絵、スポーツなど)という枠組みの中で考えていた作業能力を、“チョコレートづくり”という作業に当てはめるのは難しいです。でも振り返ると、「他者に目が向かない人なんだからそうだよなぁ」とか「次はこうしよう」と勉強になっています。医療がエビデンスに基づいて基本に忠実なものだとしたら、福祉は応用編って感じなんですよね。

 「OUCHI」 の建物
「OUCHI」 の建物

――利用者さんのありのままを受入れ、安心して失敗できる場所を提供しながら、石坂さん自身もまた、学び挑戦し続けているということですね。石坂さんのお話を聞いていて、ふと松下幸之助氏の「無理をしないということは、理に反しないということ、言いかえると、理に従うということです。(出典:「無理ということ」『PHP』平成元年7月号)」という一節を思い出しました。それぞれが、無理せず自分らしくいられる、安心・安全な居場所だからこそ、「OUCHI」の理念にもある通り「いつでも、誰でも、帰れる場所。」になっていく。そんな「OUCHI」の在り方に、感動・共感してくれる方が増えるといいですね。その感動・共感の連鎖が、収益性という所に繋がったら最高です!増やしていきましょう、「OUCHI」ファン!石坂さん、ありがとうございました。

OUCHI
住所
足立区西新井5-18-14
ホームページ
https://ouchi.support/
Instagram
https://www.instagram.com/ouchi_hmw/

「地域・医療・福祉の“かたり場”」取材者の水戸抄知

取材=水戸抄知(トネリライナーノーツ サポーターズ)
トネリライナーノーツ記事
https://tonerilinernotes.com/tag/mito/