病床で発見した“本当の自分”とは 【もてき式コラム #4】

もてき式コラム

日暮里舎人ライナー「西日暮里駅」より徒歩7分にあるフィットネススタジオ「studio景」のオーナートレーナーである、茂木慧太さん。競泳でインカレ優勝やロンドンオリンピック最終選考進出などの実績を残し、現在は太極拳の道を邁進するそんな彼が、その時のインスピレーションで書きたいことを書くのが「もてき式コラム」です。

#4では、「病床で発見した“本当の自分”とは」をテーマに、コラムを寄稿してくれました。

茂木慧太さんによる“抱拳礼”(挨拶や試合前の礼儀作法)

こんにちは。トネリライナーノーツで連載させて頂いている、西日暮里にある「studio景」の茂木慧太(もてきけいた)と申します。

この連載の読者の方はご存知だと思いますが、僕は元競泳選手でした。日本代表として国際大会を戦った経験こそないものの、オリンピック強化候補選手として、全日本の合宿に参加した事や、国民体育大会で準優勝した事や、日本学生選手権のリレー種目で優勝した事があります。

競泳を引退した今は、中国武術家・スポーツインストラクターとして日々の稽古と勉強を重ねていますが、今回は僕がこの仕事をするにあたり大きな影響を受けた出来事について書こうと思います。

自然気胸という病気

僕が今の職業に就いたのは、競泳選手時代にかかった病気が大きく関係しています。自然気胸という病気をご存知でしょうか。自然と肺に穴があいてしまう病気であり、痩せ型の高身長な男性に多く遺伝的なものが関係しているというくらいで、原因はあまり分かっていない病気です。僕は大学4年生、競泳選手として集大成の時期に、この病気になってしまいました。

その瞬間は、緩やかに訪れました。いつもの朝練習を終えて大学の校舎で昼食を食べている最中、真綿で喉を絞められるような不思議な感覚が襲ってきたのです。急激に苦しくなったりはしませんでした。まるで右側の肺が砂時計になってゆっくりと肺に砂が積もっていくように呼吸が苦しくなる。そして、1時間もすると、苦しさに加えて激痛も襲ってくる。

痛みと呼吸ができない恐怖から冷静な判断を失いました。大学の近くにあった病院のドアを倒れ込むように開けて、病院の人に助けを求めると、「申し訳ないですが、ここは小児科ですので…」と言って断られてしまいました。(今でこそ笑い話ですし、いまだに競泳の先輩や同期にはこの事をイジられています)

仕方なくその足で30分ほど自転車を漕いで寮の近所のクリニックに行くと、医院長先生が飛び出してきて、すぐに救急車を呼んでくれて、大学病院に運ばれました。そのまま1回目の入院に至るのですが、その後に再発したり紆余曲折があったりして、結局は計3回の入院を余儀なくされました。しかも、3回目の入院では、全身麻酔をして右上部肺胞の切除と肺にシートを被せる大掛かりな手術を受ける事にも。

入院生活と大手術

人生初の入院生活は不安との闘いでした。ベッドから動けない事で日に日に衰えていく身体。固まってくる全身の関節。大きく息をすると咽せるため、深呼吸さえできず、長距離選手の命である肺活量は一般人のそれよりも弱っていました。こんな日々が20日以上続くことになります。

眠れない夜に何度も思いました。「もう水泳なんてできるはずがない。どうしてよりによって引退を決めた競泳人生の締めくくりの年にこんな病気に罹るんだろう…」特に、手術後の全身麻酔から醒めた瞬間は絶望的でした。高熱が全身を覆い、毎回呼吸をする度に気管に溶岩を流し込まれるような激痛と熱さに襲われました。

手術をする前は「頑張ってリハビリをして、1ヶ月後の最後のインカレで泳ぎたい!大復活をして優勝したい!」と思っていたのですが、手術後の3日間ほどは「水泳なんて絶対無理だ」と思い、完全に気持ちが切れてしまいました。

この状態から選手として復活するには2つの越えなければならない大きな壁がありました。1つは「肉体的な壁」、そして、もう1つは「精神的な壁」です。

全身麻酔で手術を受けると身体は大きなダメージを受けます。ごく稀にですが、麻酔から覚めないでずっと昏睡状態になってしまう事もあるそうですし、肺の一部を切除しているために競泳の長距離選手の命とも言える肺活量は大きく落ちました。加えて1ヶ月にも及ぶ寝たきり生活で全身の筋肉は原型を留めないくらい痩せ細り、入院前と比べて8キロほど体重が落ちました。

これらをいかにしてたったの30日ほどで現役選手だった頃と同じくらいまで戻すか、これが「肉体的な壁」です。「肉体的な壁」をどうやって乗り越えたのかを書き始めると、ここには書ききれないほど長くなってしまうので、ここでは2つ目の「精神的な壁」をどうやって乗り越えたのかについて書こうと思います。

お寺でのイベント中の一コマ
お寺でのイベント中の一コマ

「本当の自分」の声

人生初の大手術を終えた直後は、高熱と全身の痛み、呼吸困難でベッドから起き上がる事さえできない僕のメンタルは、完全に崩壊していました。状況を考えても、1ヶ月後のインカレで復活するのは、普通に考えたら99%無理です。しかし、始める前から、無理だと決め付けていては、1%はあるかもしれない可能性を捨てる事になってしまいます。

翻って、入院というのは本当に時間が有り余るものです。20年間ずっと水泳に明け暮れて、朝も夜も水泳の練習ばかりしていた僕にとっては、入院中の何もしなくても良い時間が1日の内に24時間もあるという事は驚きでした。

その有り余る時間を使って、僕がなにをしたか。無意識の中の自分である「本当の自分」と、僕はじっくり対話する事にしたのです。これは、いつも練習に追われて無意識の中の自分を置きざりにしていた僕にとって、とても貴重な時間となりました。

この時間を経て、「いつだって答えは自分の中にある」という昔から言われるこの言葉の意味がよく分かりました。「うわべの自分」は、失敗する事や恥をかく事をとても気にしていて、退院後はろくに練習もせず病み上がりの身体で試合に出てボロボロでみっともないレースをして大勢の人の前で恥をかく事を恐れていたのです。ところが、「本当の自分」は、「失敗したって恥かいたって良いじゃん。他人の目や評価なんて気にするなよ。やりたい事やれよ」と言っていたのです。

「本当の自分」の声は、なかなか聞き取れません。いつだって「うわべの自分」の声の方が大きくて「本当の自分」の声はかき消されてしまうのです。けれども、辛抱強く、焦らず慎重に耳を澄ましていけば、「本当の自分」の声が必ず聞こえてきます。その時に、他人からの評価や世間の常識みたいなものを意識してはいけません。あくまで、自分とだけ話すのです。

「本当の自分」の声が聞こえたらそれに素直に従うようにする事で思ってもいなかった奇跡のような事が起こせる事があります。現に、僕は「本当の自分」の声に従って練習して、とても充分とは言えない練習量で試合に出た結果、インカレで3位に入賞して有終の美を飾る事ができました。

現代人に必要な瞑想の時間

競泳の現役時代は知らなかったのですが、引退から3年後に中国武術の師匠に弟子入りしてから、僕が入院中にやっていたものが、瞑想と呼ばれるものだと知りました。自分自身の可能性を縛る周囲からの目や他人からの評価を断ち切って、「本当の自分」の声を聞く時間を作る事は、忙しい現代人にとってとても大切な事かもしれません。

大自然の中でキャンプしたり釣りしたりしながら、みなさんと瞑想するイベントを開催したいと考えているのですが、コロナもあってなかなか実現できていません。(もし興味がありましたら、お伝えいただけると嬉しいです)

話を戻すと、「本当の心」と書いて、「本心」という言葉があります。この言葉からも分かるように、自分という存在は1人しかいないのに、その中に「本当の自分」と「うわべの自分」がいるというのは、とても面白い事だと感じています。「本当の自分」の声を聞いて、その声を聞いてあげないと、やがて「本当の自分」はいなくなり、外面だけを気にする「うわべの自分」に乗っ取られてしまうという事もあるかもしれません。

今、僕がスポーツインストラクターとして運動を指導する仕事をしているのも、中国武術を学びたくて内弟子として稽古をしているのも、全ては「本当の自分」の声を聞いた結果です。本当にやりたい事をやっている間は、ストレスフリーでやりがいを感じられます。みなさんも時には無駄とも思える時間を作って、ボーッとしながら「本当の自分」の声を聞いてみてはいかがでしょうか?

studio景
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東京都荒川区西日暮里1-61-4
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「もてき式コラム」執筆者の茂木慧太
「もてき式コラム」執筆者の茂木慧太

文=茂木慧太(「トネリライナーノーツ」サポーターズ)
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