「競泳で日本一になった時に実現した”全集中”」もてき式コラム#7

日暮里舎人ライナー「西日暮里駅」より徒歩7分にあるフィットネススタジオ「studio景」のオーナートレーナーである、茂木慧太さん。
競泳でインカレ優勝やロンドンオリンピック最終選考進出などの実績を残し、現在は太極拳の道を邁進するそんな彼が、その時のインスピレーションで書きたいことを書くのが「もてき式コラム」です。
#7では、「競泳で日本一になった時に実現した”全集中”」をテーマに、コラムを寄稿してくれました。

茂木慧太さんによるワークショップの様子
茂木慧太さんによるワークショップの様子

「全集中」とはなにか

『鬼滅の刃』というアニメが流行っています。僕は見てないのですが、そんな僕でも知っている作中の有名な言葉に、「全集中」があります。

どんなシーンで使われたのかは分かりませんし、その言葉が作中で意味する事も知らないのですが、競泳選手時代の記憶を思い返すと、実は僕にも「全集中」する事によって驚異的なタイムで泳げたレースが3回ありました。今回はその中の1つである、2012年の全日本学生選手権(インカレ)で優勝した時の事を書こうと思います。

本題に入る前に、「全集中」という言葉そのものについて考えてみます。
「全」とは、全て、拡散、分散する事。
「集中」とは、1つのことがらに注意を集める事。
「全」という前置詞がつく事で、一点ではなく、文字通り「全て」に意識を集めるという事になります。「集中=1点に集める」なのに「全=すべて」なのか!?よく考えてみると、「全集中」というのは、矛盾した言葉です。

1つのことに集中した状態を保つだけでも難しい事なのに、自分を取り囲むもの全てに意識を集中させる。果たしてそんな事ができるのでしょうか?普通は不可能です。米国の『Science』という雑誌のリポートによると、「人間の前頭葉機能は同時に注意できる事は多くても2つまでが限界であるように思われる」と書かれています。

しかし、時として勝負の世界では、限界を超えて不可能を可能にしないと勝てません。スポーツに詳しい方は、「ゾーンに入る」という言葉を聞いた事があるかもしれません。他にも、「ランナーズハイ」や「フロー状態」など、様々な言葉で表現されている心と身体の状態があります。この状態こそが、前述した「全集中」そのもののように思うのです。

茂木慧太さんによるワークショップ

2012年のインカレ

競泳のインカレは、3日間の日程で開催されます。僕は1日目に400m自由形に出場しましたが、4位に終わり表彰台を逃しました。続く2日目に出場した200m自由形でも、12位に終わってしまいました。どちらの種目でも、練習で培っていた実力が全く出せなかったのです。

そして、運命の最終日。1日目と2日目の結果が良くなかった事で、コーチ陣も僕の調子が悪いのではないかと思ったようです。インカレ最後の種目である800mリレーで、予選の結果次第では、決勝を泳ぐレギュラーから僕を外す事を考えていると伝えられました。スポーツ推薦で大学に入学してから、1度もレギュラーを外された事がない僕は、この通告に焦りました。

決勝を泳げるかどうかが決まる運命の予選、そのレース前は極度の緊張と不安で、手足の先は冷え切り、頭はボーッとしていました。心拍だけが、ドクドクとバイクのエンジンを空ふかしするように高鳴っています。緊張がピークに達したそのタイミングで、プールに入場する時間となりました。

プールの端から自分が泳ぐコースまで歩いている、まさにその時です。「ちょっと呼吸が浅いな」と気が付きました。レースという一点に集中しすぎた結果、周りが全く見えなくなって、自らの身体の状態さえも認識できなくなっている自分に気付く事ができた瞬間でした。

そこからは、浅くなってしまった呼吸を、深くゆっくりとした呼吸に戻します。狭くなってしまった視野を広げるために、会場をぐるっと見渡してみます。呼吸を深く、視野を広くした結果、緊張状態がリラックスした状態へと急激に移り変わっていく感覚を味わいました。

これから大事なレースを控えているのにこんな気持ちで大丈夫なのか、とも思いましたが、砂漠の中でオアシスにたどり着いたような、このリラックスした状態の気持ち良さに浸っていたいという思いの方が強くて、スタートする瞬間までこの状態のままでいました。

茂木慧太さんの演武
茂木慧太さんによる演武

「全集中」のレース

さて、肝心のレースです。リラックスした状態でスタートして、それを保ちながら泳ぐ事ができました。少し先の未来まで見通せるように、自分の思い通りにレースが展開できたのです。「これは絶対速い!決勝も使ってもらえるだろうから最後はスパートをかけずに少し温存しておこう」と泳ぎながら思えるほど、頭の中は冷静で、全てが自分の思い通りになるような全能感に満たされていました。

ゴール後、確信はありましたが、電光掲示板を一応確認すると、狙い通りのタイムで泳げていました。この予選の結果から決勝でのレギュラーを守り、4人が200mずつトータルで800m泳ぐリレーで、アンカーの次に大切な第1泳者を任されました。

決勝では、オリンピック日本代表の選手が5人も出場してきました。僕が所属する日本大学からはアンカーの小堀選手が、他にも中央大学からは塩浦選手と石橋選手が、日体大は堀畑選手と小関選手が。インカレ最終日、最後の種目である800mリレーは、大学の意地とプライドをかけた総力戦なのです。各大学のスター選手が惜しみなく投入され、母校のために死力を尽くします。

そんな大舞台ですが、僕は予選で掴んだリラックスする感覚を得ています。具体的に言えば、深い呼吸をして、視野を広く保つ事をやっていれば、「自分は無敵だ」という安心感に包まれていました。

いよいよ決勝のレースです。スタートの合図となるピストルが鳴りました。第1泳者がプールに一斉に飛び込みます。

スタートして前半の100m、僕は8人中6位で折り返しました。ビリから2番目ですが、焦りはありません。僕の持ち味は前半のスピードではなく、後半の追い上げなので、折り返しの順位は想定内なのです。

150mをターンして残り50mで、2人抜いて4位に上がりました。しかし、まだ焦りません。ラスト25m、ここでスパートをかけて、一気に3人を抜き去ります。トップを泳ぐオリンピック日本代表の小関選手(日体大)に迫りましたが、わずか0.02秒及ばす、全体の2位でバトンを繋ぎました。

日本大学チームは、僕が2位で繋いだ後も順位を守り続け、アンカーのオリンピック日本代表の小堀選手が圧巻の泳ぎを見せつけ、見事に優勝する事ができました。

深い呼吸をして、視野を広く保つ事によって、緊張のピークからリラックスに持っていくという方法は、後に、太極拳やマインドフルネスを習う事でより最適化され、今ではかなり自在に使いこなす事ができるようになったと思います。「陽極まれば陰に転ず」という言葉のように、緊張状態がピークに達して極まった時こそ、真逆のリラックスした状態を導く事ができます。しかし、それは自然に訪れる事はないので、少しのキッカケを作ってあげる事が必要です。

みなさんも緊張してしまうようなシチュエーションに遭遇したら、深い呼吸と広い視野を保ってみてください。「全集中」の状態を引き出して、最高のパフォーマンスとなる事を願っています。

studio景
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東京都荒川区西日暮里1-61-4
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「もてき式コラム」執筆者の茂木慧太
「もてき式コラム」執筆者の茂木慧太 (撮影:山本陸)

文=茂木慧太(「トネリライナーノーツ」サポーターズ)
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