足立区・荒川区の“外側”で活動している人に話を聞いて、そこから地域活動の学びを得る連載が「のりかえライナーノーツ」です。
今回の3本目では、芝浦工業大学で教授をする傍ら、ピアノ演奏やライブ企画など音楽で地域のコーディネートをする「NTM(ノーストーキョー音楽まちづくり)」主宰の武藤正義さんにお話を伺いました。取材者は、トネリライナーノーツアシスタントのしまいしほみが務めます。
(取材日:2023年6月16日)
武藤正義さんのプロフィール
- 「芝浦工業大学」教授(専門:数理社会学・ゲーム理論)
- 「NTM(ノートスーキョー音楽まちづくり)」主宰
- 「square_az(スクエアゼット)」を名義とする作曲・即興演奏等、音楽活動
神奈川県逗子出身、東京都北区在住。4歳から14歳までピアノを習い、独学で音楽を続ける。学業に専念するため一旦は音楽活動を中止をするが、2009年に芝浦工業大学の専任教員に着任後、2011年にピアノを再開。
2019年に赤羽と東大宮の商店街にてストリートピアノのイベントを初主宰。大反響ののち、北区岩淵にある正光寺で定期的なパブリックピアノイベント「寺ピアノ」の開催し、2021年には赤羽に常設のストリートピアノを設置する。
東京23区の北部に位置する、板橋区・北区・豊島区・荒川区・足立区の5区を中心とした「NTM(ノーストーキョー音楽まちづくり)」の主宰者として、ストリートピアノだけでなくライブやイベントの企画・主催・協力など活動は多岐にわたる。地域活性化を目指す中、自身も「square_az(スクエアゼット)」名義でピアノ演奏や作曲活動を続ける。
“音楽でまちを盛り上げる”の原点は、趣味と研究と出会いの連鎖
――武藤さんは、本業で芝浦工業大学の教授として数理社会学や社会科学を教えている傍ら、「ノーストーキョー音楽まちづくり(NTM)」を主宰されていますが、音楽でまちづくりをしようと思ったきっかけはなんですか?
武藤さん 私は今まで数学やゲーム理論、哲学や社会学をずっと勉強してきましたが、本で学び論文を書くだけでなく、実社会や地域と関わりたいと思うようになりました。せっかく勉強してきたので、それを地域や社会により還元しようと思いまして。
00年代の後半、もう15年以上前に、逗子海岸で環境NPO「GoodDay」によるゴミ拾いイベントが行われたんですけど、普通のゴミ拾いとは違って、ファッショナブルにゴミ拾いをするんです。私はそれに、ボランティアとして参加していたんです。
その際、「GoodDay」の活動に携わっていたのが、「キマグレン」のISEKIさんで、彼は私の小中学校の後輩にあたるんですけど、ライブハウスを経営する傍ら、環境活動もして、アーティストとして『ZUSHI』というアルバムを出して、という感じで。ちょっと下の後輩たちが頑張っているのを見て、音楽と共に地元の応援やまちづくりみたいな事をやっていたのが刺激的だったんですよね。
加えて、社会起業家の方たちとの出会いもあり、“音楽でまちを盛り上げる”というのはそのあたりが原体験なんです。
――なるほど。
武藤さん まちづくりのもう1つの起点は、2018年に赤羽岩淵で、建築家の織戸さんが主催する「宿場町マルシェ」を研究室の学生と一緒に手伝って、町の活性化に貢献するという活動をしたのも大きかったです。このマルシェで赤羽岩淵にある「正光寺」というお寺の高橋住職と出会ったことがキッカケで、「寺ピアノ」というお寺にピアノを置いて誰もが弾けるパブリックピアノのイベントが始まったんです。
趣味の音楽と、仕事の研修室活動としてのまちづくり、教育・研究・趣味を併せた「音楽まちづくり」の活動をはじめました。
――ちなみに、今日は武藤さんと縁の深い「街中スナック ARAKAWA LABO本店」で取材させていただいてますが、「街中スナック」とはどういう関わり方をされてるんですか?
武藤さん 関わるようになったのは、「宿場町マルシェ」運営で知り合った織戸さんが、荒川区町屋にある「ニュー阿波屋」という地域のチャレンジショップを運営することになったのでそこに通っていて、その時に「街中スナック」を立ち上げた田中類さんと出会ったのがキッカケかな。それで昨年12月の「街中スナック ARAKAWA LABO店」のオープンに合わせてライブをしたいから、アーティストを紹介してほしいということに。
若手アーティストによるライブ開催の協力や、ピアノに関する音楽イベントをプロデュースもしていて、取材日の今日はここでピアノライブが開催されるんですが、最近だと「月ノ陽」という箏とピアノのデュオユニットのライブも開催しましたよ。「街中スナック ARAKAWA LABO本店」でのライブもストリートピアノと同様に、音楽が会話のきっかけになって交流ができるんですよね。楽器を弾かず聴き手になるだけでもいいですし。
――BGMが生音楽っていいですよね。
ストリートピアノは人に役割と居場所を与える
――“音楽でまちを盛り上げる”という一環で、ストリートピアノの設置をされましたが、ストリートピアノを置くメリットや機能はどんなところにあるんですか?
武藤さん ストリートピアノのまちづくりイベントは、3層構造になっていると考えていて、それぞれ機能が違ってきます。1層目は、年に1回開催するイベント。これは、いわゆるお祭りのような形なので、日本中から参加者が来てくれました。有名なYoutuberも来て賑わいがあるので非日常感があり盛り上がります。ただ、年に1回のイベントだけだと、お祭りとしては盛り上がるけど、人と人の繋がりはなかなかできないんですよね。
――そうですね。
武藤さん 2層目は、週に2回くらい開催するイベント。この週1~2回くらいの頻度が大事で、1つ目でできなかった人との繋がりが実現できるようになります。先ほど言った「寺ピアノ」がこの機能を持っていて、特に高齢者の方が常連として聴きに来てくれていました。「寺ピアノ」には若い人が来て弾くことも多いので、ご高齢の方は若い人と話す機会になるので多世代交流にもなり、社会的孤立を回避したり、解消したりという点にも繋がります。
「寺ピアノ」では生音が流れる中で音楽を聴きたい人は聴いたり、繋がった人同士で話したり、境内の広い所でバトミントンをしたりと、ピアノを弾かない人にとってもコミュニティができる場でした。ピアノ(音楽)を通じたコミュニティ形成というところで、週に2回くらい開催の「寺ピアノ」はちょうどよかったんですよね。
現在「寺ピアノ」は終了しましたが、同じくらいの頻度で北区王子にある「きらりあ北」という高齢者就労支援施設がストリートピアノを設置してくれていて、似たような機能を継承しています。多世代交流ってなかなか実現しづらいけど、こういう場だと実現できるのと、地域の居場所にもなりますよね。
――なるほど。
武藤さん 3層目は、常設のピアノ設置。常設のピアノは弾き手にとってありがたいんです。毎日あることで常にピアノが弾ける。町中に音楽が流れることで、通りすがりの人がいいなと思う。街の景色が変わる。風景としていいなって思います。人前で演奏することで上手にもなりますしね。
――私も先日、赤羽メッツにストリートピアノを見に行ったらちょうど弾いてる人がいたので後ろでひっそり聞いていたんですが、音楽があれば奏でる側だけじゃなく、聴く側も純粋に楽しいですよね。
武藤さん そうですね。地域のコミュニティ形成の機能の他にも居場所やサードプレイスの機能があって、弾き手と聴き手、みんなに役割ができる。人間って、役割があると居場所感があるんですよね。役割がないと、ここに居ていいのかなって不安になりますよね。通行人でさえ聴き手になれるから、役割がつくれるんですよね。街や社会に参加できることにもなります。
ピアノが置かれてるだけじゃ何も起こらないけど、それが弾かれることによって人々に役割を付与できるところが大きな基礎的な機能ですね。
――人とピアノとの化学反応ですね。
武藤さん 音楽ライブって当たり前ですが、イベントをやっている時に現地で盛り上がりがある。その時その場所に人が集まるっていう機能があるんですよね。そこに行かないといけないから、そこで人と人が繋がる。だからソーシャルキャピタル(社会関係資本:社会や地域における、人々の信頼関係・結びつきを意味する概念)みたいなことに非常に近いんだなと考えています。
――音楽も社会において大事と考えられているのは、ホームページに記載していたお父さんの教育方針が「勉強よりピアノの方が大事」という考えも影響しているんですか?
武藤さん 父も大学教員で、専門はフランス文学ですがニーチェとか哲学が好きでよく読んでいて、芸術を大事にする人だったので影響はかなり大きいと思います。
今、教育現場では、Science(科学)・Technology(技術)・Engineering(ものづくり)・Mathematics(数学)という4つの単語の頭文字をつなげた「STEM教育」だけじゃなく、そこに、自由な発想力や想像力、新しいものを生み出す創造力という意味を含むArt(芸術)という概念が加えられた「STEAM教育」が広まっています。
ストリートピアノも、イギリスの現代アーティストのルーク・ジェラムさんが、街中にカラフルに装飾・ペイントされた多くのアートピアノを置いたらどうなるかという社会実験をやったのが始まりなんです。彼は、音楽、アート、地域社会の新しい繋がり方を提案したんだと思います。
社会課題と向き合う人たちとの連携によるまちづくり
――武藤さんは本業で数理社会学を教えていらっしゃいますが、まちや社会を良くするためにどのようなことを意識されていますか?
武藤さん 1人の力では限界があるから、自分が住んでいる地域の周辺で活動して、地域のネットワークを使ってみんなができることをやっていく。みんなで地域の社会課題に取り組んでいくってのが大事じゃないですかね。
不登校や引きこもりで学校に行ってない子とか、社会に出てない人たちは自信をどんどん失って、自分はダメだって思っちゃう。それが社会的孤立なんですよね。社会的孤立を防ぐためにセーフティーネットをつくる。地域の居場所をちゃんと作っていく事もそうだし、子ども食堂もそうだし、いろんなやり方、いろんな受け皿を用意することが大事だと思います。
日本全体がそういう風にやれば全体的に少しはよくなる。そして、地域の活動だけでできない大きな部分は政治の話になりますよね。政治家を変えないといけないという話になるので、政治の活動にも少し関わっています。
――そうなんですね。
武藤さん 子どもだけじゃなく、30代・40代・50代でも孤立してる人はいっぱいいます。そして、社会的孤立は心身、体調とくにメンタルを崩していきます。なので、コミュニティドクター、コミュニティナースといわれる医療者たちが病院から町に出てきて、町の人たちと一緒に活動するという動きもあります。
実はそこにも僕は高齢者施設での音楽イベントなどを通じて少し関わっているんですが、医療福祉系だけじゃなく、織戸さんなどコミュニティデザインをしている方などとも連携して、みんなでノーストーキョーのまちづくりをしています。
――いろんな文脈での広いつながりで、みんなでまちをつくっているんですね。
ノーストーキョー音楽まちづくりの今後のビジョン
――最後に、「NTM(ノーストーキョー音楽まちづくり)」の今後のビジョンも教えて頂いたけますか?
武藤さん ストリートピアノは、世界では2008年から、日本では2011年から始まったのでまだ15年程度なんですよね。その中で、ストリートピアノを主催したことで腕利きのアーティストと繋がったので、そういった人たちにストリートピアノ以外でもライブの場を作るなど、新しい文化をこれからも作っていきたいですね。
誰でも参加できて敷居が低いというのがストリートピアノ。ちょっとお金を払ってお店で弾けるのが、オープンマイクやオープンピアノ。その上にスリーマン、ツーマンライブがあって、さらにその上にワンマンライブやリサイタルがある。そういう階段みたいな所を全部整備してあげて、地域でアーティストを育ていく。そうすると町の文化水準があがっていきますよね。
――いいですね。
武藤さん あと、今僕が連携している王子にあるシェアハウスはゲストハウスとして、夜に別の場所も含めて音楽イベントをやったあと、宿泊ができるんですね。まだ僕自身は実現できてないですが、お酒を飲みながら、自由にピアノを弾いて宿泊ができる。そういうところがあると、全国から北区や荒川区などのストリートピアノのイベントに来た人が、そのあと飲食店等でのライブに参加して、打ち上げでオープンピアノをやって、宿泊ができるから夜遅くまで楽しく過ごすごとができる。全国にファンがいるYouYuberが夜にオフラインのライブをやると、全国から人が来る。いわゆる観光まちづくりですね。
ストリートピアニストのコミュニティや、ファンコミュニティもあるので、ゲストハウス飲食店は必ず需要があると思います。そういった、音楽に飲食と宿泊も伴った体制がだんだん整っていくといいなと思いますね。
「NTM(ノーストーキョーまちづくり)」の組織についても、若いメンバーに私がやっている仕事を継承してもらいつつ、徐々に大きくしていけたらと思ってます。
▼NTM(ノーストーキョー音楽まちづくり)
ホームページ
https://scrapbox.io/square-az/NTM
取材・編集=しまいしほみ(トネリライナーノーツ アシスタント)
トネリライナーノーツ記事
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撮影=山本陸
トネリライナーノーツ記事
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