「好奇心をコンテンツにしていく編集者の多動力」伊勢新九朗さん 【のりかえライナーノーツ4本目】

のりかえライナーノーツ

足立区・荒川区の“外側”で活動している人に話を聞いて、そこから地域活動の学びを得る連載が「のりかえライナーノーツ」です。

今回の4本目では、台東区柳橋に本社を構える雑誌や書籍などの編集プロダクションの株式会社「伊勢出版」代表の伊勢新九朗さんにお話を伺いました。聞き手は、トネリライナーノーツ編集者のしまいしほみが務めます。
(取材日:2023年9月22日)

伊勢新九朗さんのプロフィール

株式会社「伊勢出版」代表の伊勢新九朗さん
株式会社「伊勢出版」代表の伊勢新九朗さん
  • 編集プロダクション「伊勢出版」代表
  • 地域メディア「浅草橋を歩く。」運営
  • 古書店兼出版社「古書みつけ」運営
  • キッズパフォーマンス集団「ほしかぜ」の動画制作など担当

20代で編集プロダクションの編集者として勤めたのちに独立して、2015年に雑誌および書籍の制作・編集を手掛ける編集プロダクション「伊勢出版」を創業。

2019年には動画部門を設立し「多様化するメディアをつなぐ」をモットーに、SNSを中心にプロモーションすることができるショートコンテンツの制作会社としても始動。同年には、浅草橋を中心とした飲食店やハンドメイドグッズを販売する店舗の情報や人物インタビューなど、台東区の魅力を発信する地域メディア「浅草橋を歩く。」の運営を始める。

2021年、「伊勢出版」の1階に、たくさんの名作と人が繋がれる古書店「古書みつけ」をオープン。古書店でありながら出版事業も行い、第1弾の『気がつけば生保レディで地獄みた。』を2023年4月28日に、第2弾の『気がつけば認知症介護の沼にいた。』を11月20日に出版。「気がつけば〇〇」シリーズは今後も出版予定。

なお、妻は足立区のキッズパフォーマンス集団「ほしかぜ」代表のKAEDEさん。「ほしかぜ」の動画制作も担当している。

家族のために“ブラックな会社”でも働く!起業の出発点

取材は「伊勢出版」の事務所にて
取材は「伊勢出版」の事務所にて

――2015年の4月に「伊勢出版」を創業されて、今では様々なコンテンツ制作をされていますが、どんな想いで起業されたんですか?

伊勢さん 最初の頃は、独立したいと特に思っていなかったんです。起業時は想いというよりも、タイミングや流れのままに起業をしたという感じですかね。

20代前半からずっと、色々な出版社の書籍を編集・プロデュースする「編集プロダクション」と呼ばれる制作会社に勤めていたんですが、すごく小規模・少人数なので1週間ぐらい会社に泊まるのはザラで、要はめちゃくちゃ“ブラックな会社”なんですよ(笑)儲かっているのは社長くらい。

なので、ある時に社長に対して、労働争議のように「不当だ」と言い始める人がいたり「俺ら出ていくよ」という人がいたりと、社内で大変な革命が勃発しました。だけど、僕はちょうどその頃に1人目の子どもが生まれたばっかりだったから、安易にみんなの動きに呼応はできませんでした。

「伊勢出版」の事務所での仕事風景
「伊勢出版」の事務所での仕事風景

伊勢さん すでにその当時から、紙媒体はネットの波にどんどん吸収されていて、出版業界の先行きは暗かったんですけど、うちは社長の顔が広かったから仕事は入ってきていたので、人員流出後も社長のもとで黙々と仕事を続けていました。

ただ、僕自身も30代に入ったあたりから独立心が芽生え始めてはいて、社長もどこかのタイミングで世代交代というか、現場仕事を任せたいという気持ちがあったこともあり、「そろそろかな……」と、ふたりの意見が合致したタイミングで暖簾分けのようなイメージで起業したのです。

もし子どもがいなかったら、僕も当時は若気の至りで暴走していたかもしれません。会社を辞めて、自分で会社を起こすとかフリーの編集者とかをやっていたと思うんですよ。でも、やっぱり自分ひとりではないという状況だと、ブラックな会社でも安定をしている方を求めますよね。ちょっとスピリチュアルな話ですが、「すべての出来事には何かしらのメッセージがある」と思っているタイプでして、僕の場合はあの時に子どもを授かったのは、「今は起業の時ではない」という神託のようなものだったと思っています。その社長とは、今でも関係性は良好ですよ。

――お子さんや家族を優先されたんですね。

地域メディアをキッカケに知る、町のおもしろさと人の魅力

明るくエネルギッシュな伊勢さん
明るくエネルギッシュな伊勢さん

――「伊勢出版」での仕事を続けながら、2019年に会社がある台東区の地域メディア「浅草橋を歩く。」を立ち上げられましたが、浅草橋ってどんな町ですか?

伊勢さん コロナ渦の街を盛り上げるために、クラウドファンディングをして自費出版で作った『浅草橋FANBOOK』にも書いたんですけど、浅草橋のことを“東京のワンダーランド”と言ってます。

歴史で言うと、ここは浅草へと続く玄関口なんです。江戸時代から、浅草寺に行くときには浅草見附(“見附”とは番所つきの城門)から参道に行く人たちで毎日のように賑わってたんですよね。その後、浅草詣から帰る時に、子どもたちや奥さんにお土産を買う人が増えて、おもちゃやかんざしなどを販売する店がこの浅草橋界隈で栄えていったんです。「人形の久月」や「吉徳」など有名な人形屋も、まさに玩具店の代表格でした。そういう名残りがあって、この辺りにはものづくり系のお店が集ってるんです。

そんな歴史を経て、今ではアクセサリーパーツの「貴和製作所」をはじめ、皮レザーやパワーストーンなどの材料屋さんが点在しているため、「ハンドメイドの聖地」とも呼ばれています。ハンドメイド好きな人が自分でお店を出すようになり、そのお店が面白いとまたそれを見に人が集まってくる。人が集まると、様々な飲食店が出店して盛り上がる。だから、「東京のワンダーランド」だと思ったんです。

「古書みつけ」に飾られている昔の浅草橋の写真
「古書みつけ」に飾られている昔の浅草橋の写真

――「東京のワンダーランド」、楽しそうですね。取材をしていくことで、より見えてくる魅力ってありますか?

伊勢さん 僕、めっちゃ飲み歩くんです(笑)それで飲むついでに、取材をする。それを続けているうちに人の魅力も相まって、町のおもしろさが増して「ここって、本当にディープだな」とだんだん分かってきました。未知との遭遇があって、毎度驚かされています。

ただ、この地域メディア「浅草橋を歩く。」は、自腹で飯を食って、原稿を書いての繰り返しなので、全くマネタイズはできてないんです。取材をしたおかげで、町の人から撮影の依頼やショートコンテンツの制作、記事作成の仕事が来るようにはなりましたけどね。

日替わり店主に、本も出版。ユニークな古本屋

好みの本を“見つけ”て、読者自身に“実つけ”をしてもらいたいという想いから「古書みつけ」に
好みの本を“見つけ”て、読者自身に“実つけ”をしてもらいたいという想いから「古書みつけ」に

――「浅草橋を歩く。」がキッカケで、「古書みつけ」を始めようと思ったんですよね?

伊勢さん そうですね。浅草橋に本屋がなかったということもありましたし、当時他社の『気がつけば警備員になっていた。』という「気がつけば〇〇」シリーズの前身となる本を一緒に作ったブックライターさんと「古本屋をやったら面白いかもね」という話をしていたんです。

会社の2階に本をつくる編集プロダクションがあって、1階で本を売るのは「なんか面白いことやってる人だな」とブランディングになるんじゃないかと。他の出版社の人たちにもPRできるので、おもしろいからやってみようと「古書みつけ」を始めました。ただ、まだまだ認知度も低いですし、かなり“みつけ”にくい場所にあることから、改装費などの回収はまだできていません(笑)

「古書みつけ」の入り口
「古書みつけ」の入り口

――マネタイズって難しいですね。どんな古本屋なんですか?

伊勢さん うちはあくまでも、“編プロが運営する古本屋”なので、買い取りはしていません。ここにある本も、町の人からの寄贈や、私たちが読了した本を置いていたりします。

また、営業日も不定期で、さらに「日替わり店主制」というものを設けています。本が好きな人、本にかかわる仕事をしている人たちに店主として店に立ってもらい、古本屋という空間を自身の何かに役立ててもらったり、交流の場として楽しんでもらったりしています。

ワクワクする内装の「古書みつけ」
ワクワクする内装の「古書みつけ」

――「古書みつけ」は『気がつけば生保レディで地獄みた。』で出版事業も始めています。しかも、ノンフィクション作品を一般公募して、その中の最優秀作品が同作です。古本屋が出版も行うって、珍しいですよね?

伊勢さん そうなんですよ。僕は「気がつけば〇〇」シリーズの出版をやりたかったんですけど、編プロとして他の出版社に企画提案をしても全く通らずだったので、ならば自分でやってしまおうということで挑戦してみたんです。そして、ここがややこしい話なんですが、「伊勢出版」は“出版”とつくクセにあくまでも「編集プロダクション・制作会社」なので、「古書みつけ」のほうを出版社化させてみました。出版社をやるなら「古本屋が出版を始めました」という方が、ちょっと話題になるんじゃないかとも思って。

それで、どうせやるなら「ノンフィクション作品を公募した方が面白いかも」ということになりました。

「気がつけば生保レディで地獄見た。」の出版に至るまでを伺いました
「気がつけば生保レディで地獄見た。」の出版に至るまでを伺いました

――なるほど。

伊勢さん さらに、作品を多く募るために3名の最終審査員は大御所にお願いしました。僕の映画学校の時の恩師で、日本アカデミー優秀脚本賞を受賞して最近では話題の映画となっていた『Gメン』の脚本も書かれた脚本家の加藤正人先生。僕がよく行ってる新宿ゴールデン街の飲み屋「中村酒店」の中村京子ママが繋げてくれた『ザ・ワールドイズ・マイン』の作者であり僕のずっと好きな漫画家の新井英樹さん。そして、『全裸監督』や『僕とジャニーズ』で近年は時の人となっている本橋信宏さん。

それぞれ、脚本家・漫画家・作家とバラバラな肩書きの方に審査をしてもらい、最終的には映像化も目指したノンフィクション賞を募集すると、166作品もの応募があったんですよね。その中から最優秀賞に至ったのが『気がつけば生保レディで地獄みた。』でした。

お仕事ノンフィクション作品が届ける“声なき声”

「古書みつけ」が初めて出版した忍足みかんさんのノンフィクション作品『気がつけば生保レディで地獄みた。』
「古書みつけ」が初めて出版した忍足みかんさんのノンフィクション作品『気がつけば生保レディで地獄みた。』

――ノンフィクションの「気がつけば〇〇」をシリーズ化したいと思ったのは、なぜですか?

伊勢さん 自分たちが普段かかわることのない仕事現場のドキュメントが好きなんですよね。いわゆるお仕事ノンフィクションといわれるジャンルで、『交通誘導員ヨレヨレ日記』(出版:三五館シンシャ)という本がベストセラーになったことをキッカケに、“お仕事舞台裏もの”が増えてきています。ちなみに、この「三五館シンシャ」の「日記シリーズ」からはかなりの影響を受けていて、社長さんにも「こういうシリーズを作っていきたい」という話もしてあり、「気がつけば〇〇」もいつかは肩を並べられるシリーズにまで成長できたらいいなと考えています。

ほかにも、社会的マイノリティ、ブラックな職場で働く人たちの声なき声を出版という形で発信することで、少しでも現状を変えるきっかけにはできないか、というような大義名分っぽいものもあったりしますが、結局は「自分が読みたいものを出版したい」という想いが一番強いかもしれません

シリーズ第2弾の『気がつけば認知症介護の沼にいた。』は11月20日に発売して、第3弾もブラッシュアップ中です。そして、現在は第4弾の作品を募集しています。今回の審査員には『だめんず・うぉ~か~』の著者である倉田真由美さんにも最終審査員に加わっていただいたので、応募作を読んでもらうのが楽しみです。

ノンフィクションのおもしろさを話す伊勢さん
ノンフィクションのおもしろさを話す伊勢さん

――作家さんの“声なき声”を届けることに対して、読み手側にはどういうメッセージが届いたらいいなと思いますか?

伊勢さん それぞれの受け手によって受け止め方は違うんですけど、タイトルから「その業界って、どうなってんだ?」という興味をフックに、ノンフィクションだと自分の生活と少なからず繋がってる部分や感じ取れることがあると思うので、作者の悩みや愚痴、考え方を知ることで、読んでいただいた方たちの何かを変えるきっかけになったらいいなと思っています。

これからの作品も今のところは社会派なテーマなんですけど、それこそ中学生とかにも書いてほしいんですよ。お仕事シリーズからズレてもいいので、思春期の中学生たちに。逆に、教師の方にも思いを書いてもらうのもいいですね。

――それこそ、中学生が書いたものを同じ中学生が読んで、「自分と同じような人もいるんだ」って共感できたり、前向きになれたりできますね。

エンタメにも学びにもなる、本の可能性

社会派なテーマで少しコミカルにつづられた「気がつけば」シリーズ制作への想いを話す伊勢さん
社会派なテーマで少しコミカルにつづられた「気がつけば」シリーズ制作への想いを話す伊勢さん

――伊勢さんの中で、“本の可能性”ってどんなところにあると思いますか?

伊勢さん 僕は勉強よりも読書が大事だと思ってるので、自分の子どもたちには「勉強はできなくてもいいから、本を読んでくれー」と言っています。やっぱり本を読むことによって知識も増えるし、色んな世界を知られるじゃないですか。小説に救われることや、漫画などによって勇気づけられることって、たくさんありますよね。

あとは、今はWebでも作品を楽しめますが、僕はどうしても紙の本が好きなんですよね。これはもう世代といったらそれまでなんですが(笑)ただ、紙の手触りを感じたり、ページをめくる音を聞くことによって、五感フル稼働で読書体験することができると思っていて。また、読書は映像とは異なり、自ら文字を読まなければ情報を獲得できないため、能動的な作業になるんです。運動もそうですけど、自らが動いて取り組むことで、能力が向上する。だから、本を読むことって、内容をしっかりと自分の糧にすることができるんじゃないかなと思っているんです。

――たしかに、作品や紙の力ってありますね。

エンタメの大切さについて
ものづくりの大切さについて

伊勢さん 生活する上で、最低限の必要なものはご飯や寝る場所かもしれないけど、それだけじゃ人間はキツイじゃないですか。心があるから。なので、そこにはエンタメとか作品は必要じゃないかという意味でも、本の可能性ってまだあるなと思ってるんですよね。

今回出版した『気がつけば認知症介護の沼にいた。』の著者が、推し活をしているオタクなんですけど、彼女は東日本大震災やコロナ渦の時に起こる「エンタメ不要論」にアンチな考え方で、「エンタメがなかったら、自殺している人がもっといっぱいいるぞ」というようなことを本の中で語ってくれています。僕もそれには共感していて、ものづくりは止めちゃいけないと思っています。

例えば、震災で何か起きてしまった時に、Webだったら電気の関係で作品が見られなくなるかもしれないけれど、本のように形があればそこで見ることもできますよね。「もし人類がほぼ滅亡してコンピューター関係は使えなくなっても、本は残って、そこからまた先人の知識を得る…」というようなSFもよくあるじゃないですか(笑)本はなくなりはしないと思っていますし、まだまだ“本の可能性”はあるなと思っています。

仕事の原動力は、“好奇心を形に”

本の可能性について伺いました
本の可能性について伺いました

――書籍・映像・音楽と様々なコンテンツを駆使して、今後はどういう風にしていきたいですか?

伊勢さん 去年、浅草橋の短編映画を自主制作で撮ってみたりと、またお金にならないことをしてたりしたんですけど(笑)映画の学校出身なので、「気がつけば○○」シリーズを映像化していけたら最高だなと思っています。内容は漫画にも映画にもなり得る題材だと自信をもって送り出していますので、水面下で映画関連の友人・知人には猛プッシュをかけています。いずれにせよ、今はとにかく「気がつけば○○」シリーズを多くの読者に届けることが、最大の目標になっています。

「古書みつけ」で記念撮影
「古書みつけ」で記念撮影

――最後に、いろんなことをされている伊勢さんの原動力ってなんですか?

伊勢さん 本をつくることを本業としてやりつつ、“好奇心を形にする”ことですかね。「古書みつけ」はその好奇心の派生の1つです。

僕は好奇心の塊なのか、いろんなことに手を出しすぎなんですけどね。気になっちゃうとどうしてもやり始めちゃうんですよ。家族からも「またなんか始めたの?」みたいな感じで思われています。妻が代表を務める「ほしかぜ」の動画制作なども私がやっているので、もはや家族みんなで何かやってる感もありますね(笑)

編集者という仕事柄、人と会って話を聞いて、その人の魅力を引き出して、というのが職業病になっているのか、人と話し始めるとついつい色々と聞いてしまうんですよね。だから、目の前に面白いことが起き始めると、つい首を突っ込んじゃう。それを結局マネタイズできてないのは、経営者としてはダメなんですけどね。広げてしまった風呂敷をちゃんと回収できるようにする、というのも今の目標ですね。

▼伊勢出版
ホームページ
https://ise-books.jp/

▼浅草橋を歩く。
ホームページ
https://asakusa-bashi.tokyo/

▼古書みつけ
ホームページ
https://kosho-mitsuke.com/

「のりかえライナーノーツ」取材・編集のしまいしほみ
「のりかえライナーノーツ」取材・編集のしまいしほみ

取材・編集=しまいしほみ(トネリライナーノーツ 編集者)
トネリライナーノーツ記事
https://tonerilinernotes.com/tag/shimai/

撮影=山本陸
トネリライナーノーツ記事
https://tonerilinernotes.com/tag/riku/