足立区・荒川区の“外側”で活動している人に話を聞いて、そこから地域活動の学びを得る連載が「のりかえライナーノーツ」です。

今回の6本目では、墨田区に初のユースセンターを作ることを目指す小学5年生のひさしくんと、それに伴走する墨田区押上の「よりみち自由室」を運営する山口まことさんにお話を伺いました。聞き手は、トネリライナーノーツ編集長の大島俊映が務めます。
(取材日:2025年11月26日)
1枚のチラシから始まった「居場所」づくり

この物語の始まりは、1枚のチラシでした。ひさしくんの父親が受け取ってきたそのチラシを、ひさしくんは家で手渡されました。そこには「学生向けに、夏休みにワークショップを10回ほど行って、みんなで自分たちの居場所(ユースセンター)を考えよう」という趣旨が書かれていたそうです。
「お父さんに『やれば?』って言われて、やることにしました」とひさしくんは言います。最初は、父親に背中を押されるかたちで申し込んだワークショップ。ところが、参加してみると「意外と楽しいんだな」と、ひさしくんは感じました。

そのワークショップに集まったのは、自分を含めて、小学校5年生の子どもが2人だけ。ゲストが加わることもありましたが、基本的には少人数でした。ただ、ひさしくんは「自分の居場所があっていいな」と思えたそうです。
ワークショップでは、「ユースセンターをどうするか」「チラシをどう作るか」といった話し合いを重ねました。ひさしくんは自分の中にまだうまく言葉にならない感覚を抱えながらも、その場に通い続けます。
自分の好きな電車のゲームを、そして“ぼっち”を減らす場所

「実際に、ひさしくんはユースセンターで何をしたいの?」と問いかけると、彼の口からは「交流できたのが楽しかったから、みんなの居場所になれるユースセンターがいい」と答えます。さらに、「そこで友達や初めて会う子と、一緒に何をするの?」と聞くと、迷いなく「ゲーム」と返ってきました。
ひさしくんがやりたいゲームは、自分の好きな電車のもので、『電車でGO!!』や『マインクラフト(マイクラ)』など。今は、『マイクラ』の世界の中で駅を作って、電車を走らせる遊びをしています。オンラインで離れた友達とも遊べますが、その場合はチャットでのやりとりが中心になるため、「みんなで集まってワイワイやりたい」とイメージしているそうです。

また、彼が大事にしているのは、“ぼっち”を減らすことです。“ぼっち”とは、「独りぼっち」のこと。
「独りぼっちの人がいたら、かわいそうだなって」
家でもなく、学校でもない、第3の場所。自分の家には兄弟がいてうるさくて、勉強するにも歌ったりするにも気を遣います。そんな時に「ここに来たらいいんじゃない?」と言える場所をつくりたいと考えています。
ユースセンターでは、勉強する子がいてもいいし、『マイクラ』で電車を走らせる子がいてもいい。同じ空間にいながらそれぞれが好きなことをできる、そんな「ゆるくつながる居場所」が、ひさしくんの思い描くユースセンターのかたちです。
中高生の居場所が足りないという現実と、ユートリヤという「器」

一方で、山口さんの頭の中には、もう少しスケールの広い背景が。こども家庭庁の設置などをキッカケに、「子どもの居場所は必要だ」という考え方は社会的には広がりつつあります。しかし、「子ども」という言葉が示すイメージは、多くの場合、小学生で止まってしまいます。
ひさしくんが父親から受け取ったチラシを作ったのは山口さんですが、実はワークショップの対象は中高生を想定していました。しかし、実際にワークショップに来てくれたのひさしくんを含む小学5年生だけ。様々なことを思案しながらも、「彼らもあと数年経てば中学生になる」と長期的な視点で考えて、プロジェクトを続行しました。

「中学生・高校生のことを考える人って、本当に少ないんです」と山口さんは話します。中高生は、小学生がわいわい騒ぐ児童館に足を運びたいとは、なかなか思えないでしょう。そうかと言って、ファストフード店やカラオケに通い詰めるにはお金がかかります。結果として、「中高生が安心して行ける場所」は社会的に不足しがちになります。
全国的には「ユースセンター」という取り組みが広がり始めているものの、墨田区内にはまだ一つも存在していません。そこで、山口さんたちはまず「箱」を持つのではなく、「器」として「ユートリヤ」という生涯学習センターの部屋を活用することから始めようとしています。

「ユートリヤ」には、音楽スタジオ・防音室・何もないフロア・研修室など、さまざまな部屋があります。夏休みには、子どもたちと一緒に空いている部屋を見学して、そこでどんな過ごし方ができるかを一緒にイメージしてきました。運営する人と利用する人をきっちり分けず、利用者として来ていた子どもが、少しずつ運営にも関わっていく、そんなグラデーションのある場にしていきたいと言います。
「同じ年代でも、わいわいゲームしたい子もいれば、静かに本を読みたい子もいる。その違う子たちが、どう共存できるかを考えたい」
そんな山口さんですが、ワークショップを続けるうちに「大人が場を用意してあげる」という考えから「子どもたち自身に考えてもらった方がいいのかな」と思うようになり、スタンスが変化していきました。だからこそ、ひさしくんの「マイクラで電車を走らせたい」とか「“ぼっち”を減らしたい」とかという、少し拙いけれどまっすぐなイメージを、できるだけ尊重したいと考えています。
「とにかく人を集めたい」小学生と、それを支える大人

資金面では、区の助成金が下りなかったことをキッカケに、クラウドファンディングに挑戦しようとしています。企業や団体からの協賛という選択肢もある中で、クラウドファンディングは山口さんが提案して、ひさしくん自身が選びました。
ひさしくんにとってクラウドファンディングは、「ユートリヤの部屋を借りるためのお金」で、また、「ゲームや勉強道具を持っていない子のためのお金を用意する手段」でもあります。しかし同時に、ページの文章を書き、人を集めるという、苦手なものにチャレンジする場にもなっています。
「クラファンの文章を書くのが難しい」「人を集めるのが難しい」と正直に話す姿には、背伸びせずに悩んでいる等身大の小学生の姿があります。

最後に意気込みを聞くと、ひさしくんはしばらく言葉を探したあと、短く、しかし、はっきりとこう言いました。
「とにかく、人を集めたい」
この一言には、「部屋を2〜3部屋借りられるくらいの人数を」「マイクラで一緒に遊んでくれる仲間を」「ぼっちの子を減らしたい」という、いくつもの願いが詰まっています。
一方で、山口さんは自分の役割を「応援する立場」と位置付けて、ひさしくんに伴走しています。「地域の人たちにこの活動を知ってもらって、興味を持ってくれる人が増えたらいい。応援はもちろんですけど、『ちょっと見学に行きたい』『子どもに紹介したい』っていう人が増えたらうれしい」

まだクラウドファンディングは始まっていませんが、文章を書き、人を集めるというハードルの高さを前に、ひさしくんは「自信は…。ちょっと難しい」とも漏らしていました。それでも、彼には「やりたいこと」があります。ユースセンターに来た子どもたちと一緒に、『マイクラ』で駅をつくり、電車を走らせること。そして、家でも学校でもない場所で、誰かと一緒に時間を過ごせる居場所を作ること。“ぼっち”の子が、少しでも減ることを目指しています。
大人が整えた「正解の場」ではなく、小学校5年生のひさしくんが、「自分の好きな遊びから出発して考える」ユースセンター。それがこれからどんな形になっていくのかは、まだ誰にも分かりません。山口さんの言うとおり、「最終的に自分のイメージとは全く違うものになる」という可能性だってあります。
それでもきっと、その真ん中には、「とにかく人を集めたい」と語ったひさしくんの姿が、ちゃんと残っているはずです。
よりみち自由室

取材=大島俊映(トネリライナーノーツ 編集長)
トネリライナーノーツ記事
https://tonerilinernotes.com/tag/oshima/
撮影=かんな


