落語家 柳亭小痴楽師匠 【全學寺じゅずつなぎ 第2回】

全學寺じゅずつなぎ

日暮里舎人ライナー「舎人駅」より徒歩6分の全學寺にご縁がある人の物語を、職業ライターが紹介する「全學寺じゅずつなぎ」第2回。

今回お話を聞いたのは、落語家の柳亭小痴楽(りゅうてい・こちらく)さん。1988年生まれの32歳。16歳で入門し、4年間の前座修行を経て2019年9月に真打への昇進を果たした。そんな一線級の落語家さんは、13年頃から、全學寺で檀信徒に向けて落語を披露している。なぜお寺で落語をするの?そのきっかけは?また、落語界の現状などを聞かせてもらった。
(取材日:2020年11月3日)

柳亭小痴楽師匠の高座の様子
落語家 柳亭小痴楽師匠

全學寺で高座に上がったきっかけとは?お寺と落語界は相互に支え合う

小痴楽師匠が全學寺で高座に上がるようになったきっかけは2013年頃。当時はまだ20代中盤の二ツ目(落語家には前座・二ツ目・真打の3階級がある)だった。住職の妹さんが落語好きで、そのツテで小痴楽師匠に声がかかった。

全學寺で小痴楽師匠の落語が聞けるのは年に2回。6月の施餓鬼会(餓鬼道に堕ちた衆生に飲食を施して救い、その功徳を先祖供養のために振り向ける法要)と11月の十夜会(お念仏を唱える法要で、昔は十日十夜にわたっていた)の際に行われる。全學寺では法要や法話の前の時間に、厳粛な仏事が多いお寺でも、純粋に楽しい時間を過ごしてもらおうと実施されている。

小痴楽師匠によると、お寺と落語には古くから縁があり、落語家がお寺で高座に上がるのはよくあることだという。お寺は檀信徒に足を運んでもらうための楽しみとして考えるのに対して、落語家にとっては、芸を磨くための大切な修練場という見方もできる。落語家の方からお寺に売り込みに行く場合も、お寺側からオファーを出す場合もあり、古くから互いに支え合ってきた。

ちなみに、落語会は飲食店などで実施されることもあるが、そういったスペースではテーブルなどがじゃまになりがち。お寺の本堂は、その多くが広々としていて余計なものがなく、お客さんも聞きやすい環境なのでとてもやりやすいそうだ。また、本堂でご本尊をバックに話すのは「神々しい雰囲気がユニーク」で、そんなところも気に入っているのだとか。

全學寺書院でのインタビューの様子
全學寺書院でのインタビューの様子

「お寺での落語は勉強の場に」忘れられない住職からの言葉

全學寺では、落語の時間が毎回だいたい30〜40分ほど用意される。小痴楽師匠は今でも、全學寺で落語をやることになった当初に大島俊孝住職からかけられた、「若い子は機会が少ないと思うから勉強の場として使ってくれればいい」という言葉が忘れられないそうだ。

落語は短い演目だと10分ほどのものも多い。加えて、寄席の舞台は前座や二ツ目だと持ち時間が短いことがままある。そうすると、長尺のネタを披露し磨く場所は自分で用意しなければならなくなる。10年ほど前までは若手が演目を行える場所は希少で、自分で会を開くとなると、小さくても収容人数が100人規模の箱しかなかった。

知名度も人気もない若手の時期だとその規模でも集客が難しいため、借りることができず長尺のネタを本番環境で磨けないという悪循環に陥る。現在は小規模、つまり安価で会を開ける場所も増えてきているそうだが、当時の小痴楽師匠も御多分に漏れず、長い演目を披露する機会を欲していた。そんな中で、長い演目を行える貴重な場ができただけでなく、「練習の場所にすればいい」と発破をかけられたことがとてもうれしかったそうだ。

全學寺書院でのインタビューの様子

真打となった今でもお寺での落語は続けたい

小痴楽師匠いわく、お寺での高座はふだんの寄席とは客層や環境に違いがあり、勉強になるという。

お寺では、寄席を楽しみに来ている檀家もいれば、あくまで法話が主目的の人もいる。落語といえば同じ演目であっても、話し手によって生み出される情景は十人十色。それがおもしろいところでもあるが、必ずしも自分の高座が主目的でない人もいるお寺では、そうした人たちにも楽しんでもらえるよう、話そのものが持つおもしろさを意識して「基本と個性のバランス」にことさら気をつけているのだそうだ。

さらに、お寺が檀家にとって高尚な場所であることも忘れてはいけないと、例えば吉原遊郭に関連した演目の際は「煩悩の話をするな!」といったセリフを交えて話を和ませたりする。そもそもそのような演目をしなければいい気もするが、「舞台に応じてどこまで攻めるか考えるのも勉強」なんだとか。

小痴楽師匠は現在、芸能事務所のホリプロに所属。真打として寄席で観客を笑わせるだけでなく、テレビ出演、読書・映画好きが高じてウェブメディアでの連載を持つなど活躍の場を広げている。今や人気の存在となったが、全學寺での高座はこれからも続けたいという。

真打は落語界の顔であるため、お寺などで高座に上がることを良しとしない向きがある。しかし、真打になったからといって高座が増えるわけではないため、小痴楽師匠にとって今なお全學寺は貴重な勉強の場だ。全學寺で成長させてもらったという思いもある。そしてもう一つ、会うたびに大きくなっていく住職のお孫さんを見るのも楽しみの一つだそう。師匠と全學寺の繋がりは、まだまだ続きそうだ。

全學寺
住所
東京都足立区古千谷本町2-22-20
ホームページ(みんなの全學寺プロジェクト)
https://www.zengakuji12.com/

今回の応援者 大島俊映(全學寺 副住職)

大島俊映
大島俊映

全學寺じゅずつなぎの第2回では、落語家の柳亭小痴楽師匠を取り上げてもらいました。小痴楽師匠とご縁をいただいて数年が経ちましたが、基本的にはお寺の行事の時にしかお会いしないので、私は少しかしこまった師匠の姿しか見ていません。けれど、独演会やテレビでの活躍に触れると、お寺での姿とはまた違った味わいがあって面白いなと思っていました。お寺で小痴楽師匠に会う方には師匠の想いを、小痴楽師匠のファンの方には師匠のいつもと違った一面を、小痴楽師匠を初めて知る方には師匠の物語を届けられたら嬉しいです

文=井上良太(トネリライナーノーツ 副編集長)
トネリライナーノーツ記事
https://tonerilinernotes.com/tag/inoue/

撮影=山本陸(トネリライナーノーツ サポーターズ)
Instagram
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note
https://note.com/ganome_riku