子どもたちの将来のために“駄菓子屋” 【ほぼ月刊かしづき 第5号】

ほぼ月刊かしづき

足立区加平で月に数回営業する「駄菓子屋 かしづき」は、地域に佇む普通の駄菓子屋でありながら、保護者が様々な子育ての悩みを聞ける場であり、また、子どもが安心して気軽に来られる場でもあります。そんな「駄菓子屋 かしづき」の店主である佐々木隆紘さんが、自身の想いや物語を綴る連載が「ほぼ月刊かしづき」です。

第5号は、「子どもたちの将来のために“駄菓子屋”」をテーマにお届けします。

「駄菓子屋 かしづき」店主の佐々木隆紘さん
「駄菓子屋 かしづき」店主の佐々木隆紘さん

前回から期間が空いてしまい、久しぶりの記事になってしまいました。「駄菓⼦屋 かしづき」の佐々⽊です。みなさん、覚えていますか?編集⻑の⼤島さんから「連載のペースは⾃由で⼤丈夫です」の⾔葉に⽢えております。

さて、医療機関でリハビリテーションの仕事をしていると、⼦どもから⾼齢者まで様々な⽅と関わります。リハビリテーションは濃密な関わりです。運動機能の改善だけでなく、⼼理的サポートや⽣活⾯の環境調整など、患者さんの⽣活全般に向き合っていくのです。とてもやりがいのある仕事で、専⾨職でありながらも、⾮常に学ばせてもらう事の多い職業だと思っています。

そんな私が、なぜ駄菓⼦屋をやっているのか?これまでの記事でも少しずつ紹介していますが、本⽇はその核となる話を書いていきます。

⽣活習慣病は、⽣活習慣だけが原因ではない

「駄菓子屋 かしづき」の駄菓子
「駄菓子屋 かしづき」の駄菓子

医療機関で働いていると、いわゆる⽣活習慣病(最近では「⾮感染性疾患」と呼ぶことも多いですが、ここではあえて「⽣活習慣病」と呼びます)の⽅とも多く関わります。⽣活習慣病には、ガンや糖尿病、⾼⾎圧、⼼臓病、脳卒中などの病気が含まれます。これらの病気は⾷事や睡眠、お酒やタバコ、定期的な運動などの“⽣活習慣”によって発症したり進⾏したりする要素があります。そのため、予防の意識を高めてもらうために「“生活習慣”病」という名称が付けられたのです。

すると、いつからかこの⾔葉が独り歩きをして、「⽣活習慣病は、摂生をしない⽣活習慣が原因だ」とか「病気になったのは不摂⽣が原因だから⾃⼰責任だ」とか、そんな論調が聞こえてくるようになりました。

しかし、実際の生活習慣病は、⽣活習慣のみならず、遺伝や環境などの「⾃分ではコントロールできない様々な事」が発症に影響しています。また、⾃分でコントロールできると思われがちな⽣活習慣でさえも、⾃⼰責任として⽚付けることはできないと私は考えています。

「駄菓子屋 かしづき」で作業をする佐々木さん
「駄菓子屋 かしづき」で作業をする佐々木さん

例えば、健康的な⾷事をするためには何が必要でしょうか?お⾦はもちろん、知識や調理のための時間的余裕も必要です。運動習慣は?フィットネスクラブに通うのにも、アウトドアをするのにも、お⾦や時間の余裕が必要でしょう。

そして、お⾦や時間の問題以前に、「健康的な⽣活に取り組もうと思える気持ち」を持つ事が最も⼤切ですが、その気持ちはどうすれば⼿に入れられるでしょうか?これは、⾃⼰責任ではありません。「⽣活習慣を⾃分でコントロールできる」という能⼒が育まれるのには、⾃分でコントロールできない「幼少期からの環境」の影響が⾮常に⼤きいからです。

実⼒も運のうち

みなさんは「運も実⼒のうち」という⾔葉は聞いたことがあると思いますが、「実⼒も運のうち」という⾔葉を聞いたことはありますか?これはマイケル・サンデルという⽅が書いた本のタイトルであり、この本は能⼒主義の社会に⼀⽯を投じる内容になっています。

先ほど「”⾃分をコントロールする⼒”というのは、⾃分でコントロールすることの出来ない“幼少期からの環境”の影響が⼤きい」と書きました。これは世界中の研究で明らかになっている事実です。⾃分をコントロールする⼒とは、専⾨的には“実⾏機能”と呼んだりします。これは⼈間の⽬標志向的な⾏動(例えば、何か⽬標を決めた時に、それを達成するために段取りを立て計画通りに実⾏する事)を⽀える機能を指します。

「駄菓子屋 かしづき」の店頭
「駄菓子屋 かしづき」

実⾏機能が高い⼈は、「将来のために、計画通りに勉強する」「試合に出るために、⾃主練習に取り組む」「病気の予防のために、⽣活習慣に気を付ける」といった⾏動を取る事ができます。とある研究では、「⾃⼰コントロールが上手く⾏えない⼦どもは、上手く⾏える⼦どもに比べ、30年後の健康状態が悪く、所得が少なく、また犯罪を行う傾向が高くなる(※1)」といった報告もされています。

では、この実⾏機能はどういった⼈が発達していて、どのような⼈は機能が低下しやすいでしょうか?それにはもちろん、⽣まれつきの気質などもあると思いますが、幼少期の養育環境の影響も⼤きく関係していると⾔われているのです。例えば、以下のような報告があります。

  • 厳しい虐待をすると前頭前野(実行機能を司る大脳の部位)が萎縮する(※2)
  • ⼦どもの⾃由な活動の量が実⾏機能課題の成績と相関する(※3)
  • ⽀援的養育⾏動とネガティブ制御の2つの側⾯が実⾏機能の発達に影響を及ぼす(※4)

つまり、先天的な要素だけでなく、どんな環境で育つかによって、脳の発達や実⾏機能には違いが出るということです。こうした背景からも、「実⼒も運のうち」という⾔葉の意味が、少し分かってもらえたかと思います。

「駄菓子屋 かしづき」の暖簾
「駄菓子屋 かしづき」の暖簾

健康であってほしいから駄菓⼦屋を

私が⽇頃の医療現場にて関わる患者さんの中には、⾷事療法・運動療法どちらにしても「頭ではやらなきゃって分かっているんだけど、中々ねぇー」と⾔って、前向きに取り組めない⽅がいらっしゃいます。このような患者さんに対して「しっかりやらないと、良くならないですよ?」と、⾃⼰責任論を押し付けるような関わり方をしていた時期もありました。しかし、それは私の未熟さであり、勉強不⾜でした。

最近出た論⽂(※5)では、これまで報告された幼少期の逆境体験とその予後に関する知⾒がまとまっています。例えば、幼少期の逆境体験が多い⼦どもは、以下のような報告があります。

  • 「うつ病や不安神経症のリスクが3倍から6倍高い」
  • 「⾃殺企図のリスクが30倍高い」
  • 「肥満や糖尿病のリスクが1.5倍高い」
  • 「⼼臓病、呼吸器疾患、ガンのリスクが 2〜3 倍高い」

つまり、発達段階にある幼少期に、ストレスの多い環境に曝されることで、⾝体の⽣理的なメカニズムの発達や、⾃⼰肯定感が育まれないなどの精神⼼理的な発達に⼤きく影響するのです。

したがって、幼少期の環境がその⼦の発達に影響し、成⼈した際に様々な疾患にかかりやすくなったり、また⾃⼰肯定感の低さや実⾏機能の低さにより予防や治療にも前向きに取り組めなかったりすると考えられます。

「駄菓子屋 かしづき」の店頭

では、これらは家庭の問題であり、「仕⽅のないこと」とか「運が悪かった」とかと考えて、遠くから眺めている事しかできないでしょうか?そうした問題意識に対しても、少しずつ研究が進められています。先ほど紹介した論⽂(※5)を読んでいただければ色々と紹介されているのですが、ここで少し紹介します。

  • 幼少期の逆境体験がある⾼齢者は、認知症に関連性があるが、ソーシャルキャピタル(社会 関係資本)が高い場合には関連性がない(※6)
  • ⾃宅と学校以外のサードプレイスがあり、親以外のロールモデルとなる⼤⼈がいる⼦どもは、⾃尊⼼の低下を防ぐ可能性がある(※7)
  • 虐待を受けている⼦であっても、親以外のロールモデルがいる男の⼦や親以外に⼼理的⽀援をしてくれる⼤⼈がいる⼥の⼦は、レジリエンス(逆境を乗り越える⼒)が低くなりにくい (※8)

ここから考えられるのは、「たとえ、家庭内が逆境的な環境であったとしても、地域や学校の⼤⼈と良好な関係にあり⾃尊⼼を育むことができれば、将来的に健康に(幸福に)過ごすことができるのではないか」という仮説です。

子どもたちへの想いを駄菓子屋という形にする
子どもたちへの想いを駄菓子屋という形にする

「誰でも気軽に立ち寄れて、⼤⼈と会話をしたり受け入れられたりする場所を作りたい。メンバーシップのあるコミュニティは敷居が高く感じてしまっても、⾵通しの良い場であれば、誰もが⾜を運びやすくなるのではないか」そんな事を思った時に「駄菓⼦屋」が、⼦どもたちにとって安⼼できて敷居の低い場になるのではないかと考えました。

「駄菓⼦屋 かしづき」は、駄菓⼦を売る場所ですが、駄菓⼦を売ることが⽬的ではありません。駄菓⼦を売ることは⼿段であり、⽬的は地域の⼦どもたちとの関係性をゆっくり少しずつ構築していく事です。⼦どもたちには「駄菓⼦」を⽬的に来てほしい。駄菓⼦を買うための⼿段として、「かしづき」に来て私たちと顔を合わせる、その小さな⽇常の積み重ねが、⼦どもが健やかに育つために重要なソーシャルキャピタルの醸成だと信じて営業しています。

※1 T E Moffit.:A gradient of childhood self-control predicts health, wealth, and public safety.2011

※2 Tomoda A,: Reduced prefrontal cortical gray matter volume in young adults exposed to harsh corporal punishment.2009

※3 Barker, J. E:Less- structured time in childrenʼs daily lives predicts self-directed executive functioning. 2014

※4 Roskam, I:The development of childrenʼs inhibition : does parenting matter?.2014

※5 Fujiwara T:Impact of adverse childhood experience on physical and mental health: A life-course epidemiology perspective.2022

※6 Tani Y:Adverse childhood experiences and dementia: Interactions with social capital in the Japan Gerontological Evaluation Study Cohort. 2021

※7 Fujiwara T: Association of existence of third places and role model on suicide risk among adolescent in Japan: Results from a-child study. 2020

※8 Isumi A:School- and community-level protective factors for resilience among chronically maltreated children in Japan.2022

駄菓子屋 かしづき
住所
東京都足立区加平1-12-3
ホームページ
http://dagashiya-kashizuki.com/
Instagram
https://www.instagram.com/dagashiya_kashizuki/

 「ほぼ月刊かしづき」執筆者の佐々木隆紘 (撮影:山本陸)
「ほぼ月刊かしづき」執筆者の佐々木隆紘 (撮影:山本陸)

文=佐々木隆紘(トネリライナーノーツ サポーターズ)
Instagram
https://www.instagram.com/t.sasaki.presents/
Twitter
https://twitter.com/sasataaaaa
トネリライナーノーツ記事
https://tonerilinernotes.com/tag/sasaki/

撮影=山本陸(トネリライナーノーツ サポーターズ)
ホームページ
http://riku-yamamoto.work/
Instagram
https://www.instagram.com/rikuyamamoto_photo/
トネリライナーノーツ記事
https://tonerilinernotes.com/tag/riku/