トネリライナーノーツ編集長であり、日暮里舎人ライナー「舎人駅」より徒歩6分にある寺院「全學寺」副住職である大島俊映が、地域の中にある物語を、その物語の主役たちに代わって描く連載が「和尚代筆」です。
其の伍では、足立区綾瀬のケアマネジャー事務所「あやせのえんがわ」代表で、同地で月に3回(土曜日)、地域の品や生産者の顔が見える商品を扱う小売店「こぢんまり商店」店主も務める森川公介さんの物語をお届けします。
(取材日:2022年1月22日)
※こちら記事は、1/22に開催された「おせっかいライナーノーツ」第1回で公開取材された内容をまとめたものです。
東のもりかわ、西のおおしま
「コミュニティ」という言葉を、聞いた事がないという人はまずいないだろう。では、“良いコミュニティ”とは、なにか?
私は2017年12月に妻とスタートさせた無料でスペシャリティコーヒーを提供するコミュニティ「ゼンガクジ フリー コーヒースタンド」の運営を通して、コミュニティに対する知見を深めてきた。良いコミュニティを一言で表すならば、「リンク(ヒトの繋がりがある)」と「シェア(モノやコトの分かち合いがある)」と「フラット(ヒトの上下関係がない)」の要素3つを全て満たしている場所である。
私が知る限りで、上記の要素を高い次元で満たすコミュニティが、足立区に2つある。西の「ゼンガクジ フリー コーヒースタンド」、そして、今回取材した森川さんが妻の郁恵さんと運営する東の「こぢんまり商店」だ。
2021年7月にケアマネ事務所「あやせのえんがわ」の開業と同時にスタートした「こぢんまり商店」は、月に3回のペースで営業していて、地域の品や生産者の顔が見える商品を扱う。そこは、地域の人や物の繋がりを生む場所として、地域に深く根付いている。そんなコミュニティを運営する森川さんの物語を、描く。
こぢんまり商店を形作る4つのキーワード
「ケアマネ事務所で起業したのに、なぜ同時に毎週土曜の小売店を始めたのか?っていうのは、よく訊かれます」そんな森川さんの言葉で、取材は始まった。その言葉に続けて、森川さんは「こぢんまり商店」を始める上でのキーワードとなったものを4つ挙げてくれた。
友産友消
「地産地消」の“友達版”が、「友産友消」だ。「食卓でも暮らしでも、知っている人や応援している人の品で家庭が満たされたら幸せなのではないか」と森川さん夫妻は以前から感じていた。そこで、森川さんがキャリアを重ねてきたケアマネジャーで起業しつつ、妻の郁恵さんが「友産友消」の商店をやったら、2人で仕事ができるのではないかと考えたのが、「こぢんまり商店」の着想のスタートだった。
フレイル予防
「フレイル」とは、直訳すると虚弱や衰弱を意味して、加齢により心身が老い衰えた状態の事。現在は足立区の行政も、高齢者の「フレイル予防」に力を入れているという。森川さんは、「フレイル」が社会問題になっている背景に、便利すぎる社会になったが故に、商店街の中での暮らしが失われている事を指摘した。そのため、「こぢんまり商店」を営業する事で、ケアマネ事務所を運営する介護職の一員として、「フレイル予防」が必要な高齢者に商店街の暮らしを取り戻す事を考えた。
地域共生社会
世代や職種や分野を超えて、誰もが地域の中で支え合って生きていくのが「地域共生社会」の考え方で、厚生労働省が掲げるビジョンとして、2016年6月に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」 の内容に盛り込まれた。介護の「あやせのえんがわ」と商店の「こぢんまり商店」を組み合わせる事で、「地域の生産者×消費者」や「高齢者×親子世代」といった交流や繋がりを作れれば、社会の手助けになると森川さんは思った。
ローカリゼーション
近年の「グローバリゼーション」という国境を超えた技術革新や物流の発達によって、便利さというメリットが享受できるようになった反面、競争の激化によってお金への不安が増している現実がある。そこで、地域の人や食との繋がりを楽しむといった「地域の暮らしを楽しむ時間」を大切にする「ローカリゼーション」の考え方によって、森川さんは「地域の人、特に高齢者が、年齢を重ねても不安にならない地域社会を作りたい」と言う。
準備期間の苦労と印象深いエピソード
森川さん夫妻が「こぢまり商店」の着想を得たのは2020年8月で、実際にオープンしたのが2021年7月、その11ヶ月に及ぶ準備期間は苦労が絶えなかったという。「子どもが寝た後に、相談して、打ち合わせをして、もちろん、喧嘩もして、というのを正月も関係なく毎晩続けていて、本当に大変でした。ただ、その準備期間があったから、オープンした後はブレずにやってこられたんだと思っています」と森川さん。
1番苦労したエピソードを聞くと、森川さんは「2020年の年末の話なんですけど、妻の誕生日と、妻が当時も今も勤めている職場の冬休みの開始日が、たまたま重なっていたんです。本当は休みたかったけれど、仕上げないといけない事業計画があって。その日は朝から晩まで子どもを遊ばせながら2人で打ち合わせをして、でも、結局は2人の意見がまとまらなくて、喧嘩しちゃいました」と話した。続けて、「ただ、次の日には、“2人ともやりたいって事だけは間違いないから、頑張ろうね”って伝え合って、年を越しました」とも。
そんな森川さん夫妻の想いが込められた「こぢんまり商店」は、森川さん曰く「いざ始めてみて、何ができるかなっていう不安」を持ちながらスタートした。しかし、土曜日の営業を続けていく中で、ある印象深い出来事が起こって、森川さんは自信を持つ事になる。
そのエピソードは、ある親子連れのお客さんが、「2歳の子どもが家でご飯を食べないせいで痩せてしまって心配だ」という相談を、森川さん夫妻にしたところから始まる。その子がご飯をどうしたら食べるのかを考えた2人は、「こぢんまり商店」の営業日に、畳とちゃぶ台のスペースで、自分たちの息子と一緒にご飯を食べる「ご飯会」を企画した。この企画は大成功で、その子はご飯をバクバク食べてくれたそうだ。
「なにをやります!っていうよりも、地域の中に“場”があって、そこでお客さんの悩みに僕らが向き合って解決していくのが大事なんだな、というのがその出来事で分かりました」と森川さんは話した。
こぢんまり商店が目指す「地域での“いとおしい暮らし”」
「こぢんまり商店」がスタートしてから数カ月が経ち、地域のコミュニティとして定着してきた中で、次に森川さんが新たに企画したのが「サークルローカル」だ。この新企画は、「ともに地域(ローカル)をおもしろく」をテーマに、足立区が好きな方や盛り上げたい方をゆるく繋ぐための分かち合いの場となる。
その意図を森川さんはこう説明する。「地域の中で、“共感する仲間作り”をしていきたいんです。すでに活動されている方というよりは、活動してみたいけれど、ちょっとした悩みを持っている方たちに来てもらって、やってみたい活動の話や、どうやったら楽しんで暮らせるかっていうことを相談できたら良いなと思っています」
「なんで、そんなに地域が好きなんですか?」あえてザックリとした質問を、私は取材の最後に森川さんに投げてみた。「生まれも育ちも足立区だからっていうのもあるんですけど、昔の暮らしに少し憧れているところがあって。昔の村って、喜びも悲しみもその中で共有して、苦しい人がいればみんなで助け合っていたんです。それが今、便利な世の中になった反面、人の繋がりが薄らいでしまって、隣に住むのが誰だか分からないような社会になってしまいました。でも、僕はとにかく地域のみんなで楽しく暮らしたいんですよね。介護職としても、地域の住民としても、地域さえ面白くなれば、もっと暮らしが楽しくなって、毎日を幸せに過ごせるんじゃないかと思っています」
「だから、こぢんまり商店の理念は、いとおしい暮らし作りです」森川さんの言葉の締めに、夫妻で積み上げてきた時間の重さと、地域への深い愛着を感じた。「こぢんまり商店」と森川さんの物語は、続く。
あやせのえんがわ
住所
足立区綾瀬5-17-14
ホームページ
https://ayasenoengawa.jimdosite.com/
Instagram
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取材=大島俊映(トネリライナーノーツ 編集長)
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